マーケティングアジェンダ

精子セルフチェックサービス「Seem」に学ぶ、イノベーションの起こし方【後編】

「リクルートID」の仕組みには組み込まないと決めた

馬渕 萩原さんは、サービスがほとんど出来上がった状態からクリエイターとしてプロジェクトに参画しました。「Seem」をどんなふうにコミュニケーションしていこうと考えましたか。

萩原 先ほども話したとおり、入澤の中でストーリーがすでに完成していたので、それを誤解なく丁寧に伝えることが重要なのではないかと考えました。最初は、他者推奨や拡散を促すような、少し捻ったアイデアもありました。「精子を音楽にする」みたいな…(笑)。しかし、ムービー「THE FAMILY WAY」に象徴されるように、このサービスに救われたと感じているユーザーがいて、その人たちの生の声をこれだけ拾うことができるのは、「Seem」にとってこれ以上ない大きな価値。その声をそのまま届けることが、サービスの価値を最も強く伝えられるだろうという結論に至り、「THE FAMILY WAY」のムービーを制作しました。

馬渕 「Seem」を実際に使用している人は、どういう人でしょうか。

入澤 妊活をしている人を中心に、一部、不妊治療を受けている方もいらっしゃいます。男女比は、男性:女性=7:3です。女性は妊活・不妊治療に関する情報収集に熱心な傾向があり、不妊の原因が男性にある可能性もあると知っている人は多い。とは言え、「病院に行って」とは言いづらいんですよね。でもスマートフォンなら手軽で頼みやすいということで、女性が購入されることもあるようです。

馬渕 パッケージデザインもさわやかですが、これは意識してのことですか。

萩原 はい。担当のメンバーが特にこだわったポイントですが、手軽さを強調するため、医療機器に見えないようなライトなデザインを採用しています。ネーミングもいろいろと検討しましたよね。




入澤 例えば「精子セルフチェック」ではハードルが上がってしまうので、取っつきやすいネーミングにしたいと思いました。耳なじみのいい音であることに加え、意味としては、簡易チェックによってわかる「Seem to(~かもしれない)」という可能性、英語で精液を表す「Semen」など、複数のニュアンスを持たせています。だから英語圏の人にサービス名を言うと、ちょっと顔をしかめられることもあるんですけど…(笑)。

馬渕 リクルートという大企業の事業ですから、ユーザーデータを取得し、「世界一の精子データベース」をつくって、新たなビジネスにつなげていくんじゃないかと推測しました。何度尋ねても、お二人には全力で否定されるのですが(笑)、本当にそういう構想はないのですか?

入澤 やらないと決めています。全社戦略として、全サービス共通のユーザーID「リクルートID」がありますから、社内からは当然そういうアイデアが出てくるのですが、全力で止めました。「Seem」のように、極めてパーソナルな領域でそれをやってしまうと、リクルートが提供するサービス全体のレピュテーションに関わってきますから。精子のセルフチェックをしようとして、「リクルートIDでログインしてください」と表示されたら、めちゃくちゃ嫌じゃないですか?(笑)

馬渕 すっごく嫌ですね(笑)。

入澤 それにも関わらず、SNSなどでは「リクルートが、ついに産まれる前からデータを取り始めた」のような投稿も見られます。そういうことは絶対にしません。だから、「Seem」の利用にログインは不要です。買ったらすぐに使えて、データはユーザーにしか見えないような仕組みにしています。

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