リテールアジェンダ 特別企画

小売業のDXには、“楽しさ”のデザインが必要

 

「やりたくないこと」と「不思議なくらいやってしまうこと」


 自問自答すると誰もが実感することですが、人間は理性的に「やらなければならない」と思うことでも、実際に「やり続けられる」わけではありません。大きなスケールで言えばSDGsも、身の回りのことで言えば、習い事・学習だって簡単には続きません。一方で、機械であれば一度プログラムすれば、やめろと指示するまで繰り返し続けます。

 なぜ、人間は何かをやり続けられないのでしょうか?

 人間が何かを行動し続けるためには、脳内の報酬系ドーパミンの存在が欠かせません。どんなに正しくてもドーパミンが分泌していないなら、行動を続けることができないのが人間なのです。

 人間社会で「報酬」と言うと、金銭的なものが真っ先に思い浮かぶと思いますが、脳における報酬とは「生理的」「学習獲得的」「内発的」「嫌悪回避的」など、広範囲に渡ります。



 さらに、何を報酬と感じるかは、一人ひとり異なる上に、同じ人物でも経験や状況によって常に変化していくものです。

 さて、みなさまのビジネスフィールドである「日常の買い物」を考えてみましょう。新型コロナウイルス感染症による暮らし方の変化も影響し、日常の買い物は「やりたくないもの」にカテゴライズされる傾向が強くなってきているように思います。

 日常の買い物は、細かく分類すれば200個以上あるとも言われる家事のひとつであり、家庭を営む上で不可欠な仕事・業務とも言えます。感覚的にも分かると思いますが、「やりたくないもの」に対してドーパミンはどんどん抑制されてしまいます。

 コロナによって不可抗力的に業態間の客数シフトが起こり一喜一憂している間に、買い物プロセスにおけるドーパミン量がもし減っているとしたら、これは由々しき事態です。そんな状態で、みなさまが提案したい「新しいリズム」は取り入れられ、行動をし続けてもらえるでしょうか?

 一方で、誰に頼まれているわけでもなく、生きるのに必要でもないのに不思議とやり続けてしまうこともあります。事例を2つご紹介します。

 事例1: 塗り絵アプリHappy Color  – Color by Number



 「塗り絵アプリHappy Color」をご存知でしょうか。このアプリはスマホ画面に描かれている絵の各パーツに番号が振ってあり、“1”から順番に探して一つずつタップしていく単純作業で塗り絵が完成していきます。ジグソーパズルのデジタル版と言った方がわかりやすいかもしれません。

 途中で次の番号の場所が見つけられずに悩むときは広告を見ると、その場所を教えてくれます。このアプリのユーザーにとって広告は、困った自分を助けてくれる(抜け道的)存在であり、「広告を見る(=行動)→塗る場所がわかる(=報酬)」というメカニズムが成り立っています。

 全く同じ広告内容だとしても、体験そのものが違います。やがて、すべて塗り終わり完成する達成感(=報酬)、自分が塗ってきたプロセスが動画化されて作品となる満足感(=報酬)、さらに、その動画をSNSにシェアすると「えっ!こんなの完成させたの!?すごい」とリアクションがもらえる承認感(=報酬)というように、見事な報酬の連鎖が設計されています。

 このアプリを私に教えてくれた主婦は、半年でなんと通算75万タップ、ヒントを得るのに527本の広告動画を見て、1197枚の塗り絵を完成させたとのことでした。始める前に「1000枚の塗り絵を完成させよう」なんて思うわけもなく、番号を順にタップするというシンプルなルールを覚えて半信半疑で始めただけで、今や毎晩の日課になっているのです。ちなみに、この方はリアルの塗り絵なんて大嫌いで1枚も完成させたことはないそうです(笑)。

 リアルでは不可能なアクションを圧倒的な頻度で自らすすんでやってもらい、さらにリアルにはない付加価値をまで加えている、まさにDXと言えます。

 事例2: Nintendo Switchのリングフィットアドベンチャー



 同じような例として、コロナ自粛で一時品薄になったNintendo Switchのリングフィットアドベンチャーは、テレビ画面の前でリング状のコントローラーを潰したり引っ張ったりして上半身を鍛えながら技を出して敵を倒しながら、その場で足踏みして下半身を鍛えながらコースを進んでいくゲームです。

 鍛えている部位が画面上で「燃え上がる演出」や「反復運動の回数分がエネルギーに変換され攻撃力が高まる」など、続かない筋トレをエンターテインメント化することで、「毎日やりたい」ことに変えることに成功しています。

 任天堂の経営戦略である「ゲーム人口の拡大」を見事に達成しています。テレビの前で100時間足踏みしろと言われたら絶対にできないし、やりたくないことをついつい楽しくなって(もしくは悔しくなって)やってしまう中で、健康になれてしまう素晴らしい事例です。

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