リテールアジェンダ 特別企画
小売業のDXには、“楽しさ”のデザインが必要
2020/12/02
マリオから35年、ゲームデザイナーの常識
これらの事例のように、実は“報酬システムデザイン”はゲームデザイナーの中では常識的なスキルとなっています。
みなさまご存知の「スーパーマリオブラザーズ(家庭用ビデオゲームの元祖)」が誕生して今年で35周年になりますが、それまでのリアルなカードゲーム・ボードゲームから、ビデオゲームへのDXがその当時、既に起きていたということです。
DXの大先輩ですね。1988年から米国で毎年開催され世界のゲーム開発者が集まるカンファレンス「Game Developers Conference (GDC)」では、多くのセッションで脳神経科学、行動経済学、心理学を活用したゲームデザインメソッドの共有がされていますし、博士号を持つゲームデザイナーも多く存在します。
あるゲームデザイナーは「ゲームとは“飽き”とのあくなき戦いであり、“飽き”の来ない(厳密には飽きはあるが、だからと言って行為をやめない)生活必需品は羨ましい限り」と皮肉も込めて言っています。
このコメントは、日常のお買い物の領域に携わる私にとって、とても興味深くハッとさせられる視点であり、「“飽き”に強い生活必需品で報酬システムデザインを巧みに活用し、楽しさを提供できるとすれば、小売業の閉塞感を突破できるのではないか」と感じさせられるものでした。
楽しさの正体とは何か?
DXの先に求められる体験は?と聞かれると、漠然と「これまでより楽しいお買い物体験」と浮かぶ人も多いかもしれません。
では「楽しさ」とは何なのか?正確に説明できる人はどれだけいるでしょうか。ワクワク・ドキドキなどと言えば、さらに雰囲気的なものになり、輪郭がぼやけていきます。
そんな掴みどころがない「楽しさ」の正体を私に教えてくれた本が、2004年にアメリカのゲームデザイナー ラファエル・コスター氏が書いた『a Theory of fun for game design 』です。彼の楽しさの定義についての一節をご紹介します。
- 楽しさとは新しいパターンの発見である。
- 脳に新しいシステム(ルール)を強いるほどの新しい体験は、脳が好まないもののひとつである。
- プレイヤーは、新しい体験を求めているのではなく、新しいデータを求めている。
- ゲームしているときは常にあなたの脳を鍛えている、つまりゲームとは学習である。
- 飽きとは脳が新しい情報を探している瞬間である。
「楽しさ」が、もし単なる娯楽だけを指すのであれば、「仕事が楽しい」と言うことは起きません。つまり、「楽しさ」とは「表面的な賑やかし」ではなく「内面的な“発見”のプロセス」であると言うことです。
見たことがある方も多いと思いますが、「YouTube大学」を運営するオリエンタルラジオの中田敦彦さんのコンセプトは「学ぶって楽しい!」ですが、まさにそうなのです。
前述の「買い物は家事」であり「めんどくさいもの」であるにも関わらず、「買い物は楽しい」と思う瞬間があるのは、買い物中にお店が仕掛けた「新しいパターン」と出会い、自ら発見しているからだと考えることができます。
そして、「新しいパターン」に対して自分にマッチしていると思って目を向けることも、それを選択することも、生活者自身が決めることができます(一番身近な自己決定感を味わえるもの)。
「楽しい買い物体験を提供する」とは、お客さまがまだ気づいていない商品・サービスの「組み合わせで新しいパターンを提案する」ことであり、マーチャンダイジングそのものだと言えると思います。
つまり、マーチャンダイジングのDX(接点がデジタルになるだけではダメ)が買い物を楽しくするということです。「楽しさ」が一気に身近なものに感じられるのではないでしょうか。