ワールド・マーケティング・サミット レポート #02
顧客の世紀 ー ワールド マーケティング サミットで示された道標
2020/12/25
「イノベーションとは何か」
21世紀は、顧客の世紀だ。コトラー教授がマーケティング2.0、すなわち「顧客志向のマーケティング」の時代として示したのが1970-1980年代。SNSが台頭しTime誌が“Person of the Year”を「You」とし、その表紙に「Yes, you. You control the Information Age. Welcome to your world.」と記したのが2006年である。
我われは既に社会のデジタル化を体験し、一人ひとりの顧客が主体性と権限を持って自らにとって価値のある商品サービスを選択し発信し、その価値を顧客自身が高めていく時代に入ったことを認識している。顧客が主導権を持つこと、デジタル化が進むことは、顧客にとって周知の事実だ。
しかし、2020年にコロナウイルスの感染爆発という、とんでもない外圧によって苦境に追いやられた多くの企業が突きつけられたのは、「デジタルに対応していたか」だけではない。「真に顧客基点に立って、自らの事業変革を追求してきたか」であった。
このことを再認識すべきことを指摘したのが、2020年11月に開催されたワールド・マーケティング・サミット(以下WMS)に登壇したネスレ日本を率いた高岡浩三氏(元ネスレ日本 代表取締役社長/ケイアンドカンパニー代表取締役社長)であった。
「デジタル・トランスフォーメーションによるイノベーション Innovation Through Digital Transformation」というタイトルを掲げ、日本、世界のイノベーション、リノベーションを振り返り、市場の勝者・敗者を鋭く分析している。
なぜDXにおいて日本が出遅れたのかを「新興国時代に先達がつくり上げた『日本株式会社モデル』の成功体験が、日本のDXへの対応を遅らせた」と指摘した。
では、日本が縮小する成熟市場において継続的な成長モデルを築くにはどうすれば良いか。高岡氏は「新しい21世紀型のMarketing and Innovation」が必要だと説いた。マーケティングを改めて「顧客を想定し、その顧客が持つ問題を紐解きながら、それに対するソリューションをつくり付加価値を生む。そのプロセスと活動の全てがマーケティングである」と定義した。
ここで鍵として示されたのが、定義にある「Customer’s Problem(顧客の課題)」へのフォーカスである。顧客が既に認識している課題に対応するのがRenovationであり、顧客がまだ認識していない課題に対応するのがInnovationであるとした。
しかし顧客が認識していない問題は、市場調査では発見できない。高岡氏はこれに対して、NRPSというメソッドを提示した。NRPSとは、「New Reality」「Problem」「Solution」の頭文字を取ったものである。
例えば、単身世帯の増加や共働き世帯の増加によって家庭外でのコーヒーの飲用機会が増えることは、ネスカフェにとって重大な「新しい現実(New Reality)」である。この変化において、「顧客の新しい問題(Problem)」が発生する。それは手軽に入れられるコーヒーであっても、たった一杯のためにお湯を沸かすという煩わしさ。また、オフィスでは缶コーヒーや自販機でのコーヒーなどに選択肢が限られることだ。これに対してネスカフェが示した「提案(Solution)」が、一杯から入れられるコーヒーマシンシステムと、ネスカフェ・アンバサダーという事業モデルだった。
これらは市場調査から出てくるものではなく、新しい現実(New Reality)を捉える視座によって生まれる。ネスレがコロナ前からNRPSを体内化し実践していたからこそ、ネスカフェゴールドブレンド バリスタに代表される革新的なビジネスモデルを生み出し得たことを示した。
「新しい現実が、顧客を新しい問題に直面させる」のであり、その「顧客の新しい問題にフォーカスすることが変革を導く」のである。この示唆は、コトラー教授が環境変化ではなく顧客変化に立脚して自らを変革せよと説いたことに符合する。