マーケティングアジェンダ2020 #01

刀・森岡毅氏が語る、どんな戦略でも使える“武器”とは

 従来、暗黙知とされていたマーケティングノウハウを形式知化した「森岡メソッド」を経営危機にあったUSJに導入し、わずか数年で再建したことで知られる森岡毅氏。テーマパークに限らず、あらゆる業種・業態のプロジェクトを成功させてきた背景には、森岡氏の「消費者理解なき消費者調査は無意味」という信念がありました。

なぜ森岡氏は、戦略家として強力な勝ち筋を見つけられるのか。そして、そのためにどのように人間の本質的な欲求を洞察し、消費者理解につなげているのか。

森岡氏とP&G時代の同期であり、現在は吉野家常務取締役を務める伊東正明氏がナビゲーターを務め、その秘訣に迫ったマーケティングカンファレンス「マーケティングアジェンダ」(2020年10月沖縄開催)のキーノートをレポートします。
 

消費者調査の前に「消費者理解」が必要だ


伊東 最初に、私から森岡さんについて少しだけ紹介させていただきます。

私と森岡さんは、1996年4月にP&Gに入社した同期です。92人いた同期の中でも特に懇意にしていて、現在も釣りを教えてもらいながら一緒に旅行するほどの仲です。つい先日も長崎県の壱岐に行ったばかりです。

森岡毅、一言で言うと「狂気の人」です。このあとの話にも出てくるかと思いますが、何をやるにも徹底的に突き詰める。そのことが可能にする、彼の「本質的な人間理解」の方法論を皆さんも楽しんで聞いていただければと思います。

では、森岡さん、よろしくお願いします。    
 
伊東 正明
吉野家 常務取締役
P&Gにてジョイ、アリエールなどのブランド再生や、グローバルファブリーズチームのマーケティング責任者をアメリカ・スイスにて担当。直近までヴァイスプレジデントとしてアジアパシフィックのホームケア、オーラルケア事業責任者、e-business責任者を歴任。2018年1月より独立、ビジネスコンサルタント。

森岡 ご紹介のとおり、伊東さんと私は同期の中でも良きライバルであり、良き友人でもあります。私の結婚式では友人代表として二次会を取り仕切ってくれるなど、人見知りで社交性のない私は、面倒見の良い彼によく助けてもらってきました。

来週もまた一緒に釣りに行きますが、私たちはいつも釣りをしながら、マーケティングについていろいろな話をします。悩みも含めて深く分かり合える友人の伊東さんに招かれ、今日は非常に楽しみな気持ちでここへやってきました。
        
森岡 毅
刀 代表取締役CEO
戦略家・マーケター。 高等数学を用いた独自の戦略理論、革新的なアイデアを生み出すノウハウ、マーケティング理論等、一連の暗黙知であったマーケティングノウハウを形式知化し「森岡メソッド」を開発。経営危機にあったUSJに導入し、わずか数年で劇的に経営再建した。神戸大学卒業後、1996年P&G入社。ブランドマネージャーとして日本ヴィダルサスーンの黄金期を築いた後、2004年P&G世界本社(米国シンシナティ)へ転籍、北米パンテーンのブランドマネージャー、ヘアケアカテゴリー アソシエイトマーケティングディレクター、ウエラジャパン副代表を経て、2010年USJ入社。2012年、同社CMO、執行役員に。USJ再建の使命完了後の2017年、マーケティング精鋭集団「株式会社刀」設立。「マーケティングとエンターテイメントで日本を元気に」という大義の下、刀の精鋭チームを率い、「丸亀製麺」の協業開始後わずか半年で業績回復、破綻した旧グリーンピア三木(現ネスタリゾート神戸)をわずか1年でV字回復させるなど、早くも数々の実績を上げている。USJ時代に断念した沖縄テーマパーク構想に再び着手し注目を集める。近著にリーダーシップの身につけ方を記した『誰でも人を動かせる!あなたの人生を変えるリーダーシップ革命』(日経BP)がある。
 

 ごく限られた時間ですので、今回のマーケティングアジェンダ全体で掲げるテーマである「人間理解」や、私が日頃から皆さんにぜひお伝えしたいと思っていることを踏まえ、「消費者理解」にフォーカスしてお話ししたいと思います。

 そして、この「消費者理解」こそが、我々マーケターがいつでも・どこでも使うことができる本当の武器であると言えます。

 ちなみに私は数学が大好きでして、数学的検証に基づく戦略立案も、私の大きな武器のひとつではあります。しかしながら、数学的検証では0から1を生み出すことはできません。分析は、仮説がなければ意味がない。皆さんの中に「これが当たるんじゃないか」「これがいけるんじゃないか」という仮説がなければ、どれだけ分析しても意味がないんです。

 その仮説をいかに生み出すか。それが今日のテーマ「消費者理解」です。
 

質的調査は「消費者理解」ではない


森岡 今日は「消費者理解」について、私のやり方の一端をお伝えします。深いところまでたどり着く時間はありませんが、深いところにたどり着くための最も重要な入口まで、皆さんをお連れしたいと思います。

「消費者理解」を自分の武器にする法則は実にシンプル。しかし、多くの方がその入口で留まってしまっていると思います。

もう少し言うと、質的調査を「消費者理解」だと思っている方がいらっしゃるとしたら、それは間違いです。なかには質的調査に命を懸けんばかりの方もいらっしゃるでしょう。しかし申し訳ありませんが、今マーケターたちが頼っているほとんどの質的調査は、「ショー」に過ぎないと言わざるを得ません。クライアントが喜びそうな落としどころを考えて、モデレーターと調査会場の空気感の中で“小さな談合”が行われる――そんなショーのような調査ならば、少なくとも私は信じていません。

質的調査は、明確な仮説があって、その仮説を検証する場としては有効です。しかし、フォーカスグループインタビューや1on1インタビューを普通にやっていたら、本当の答えは出てこない。なぜなら消費者は、自分がなぜその行動をとるのか自分では説明することができないからです。

消費者調査を行う前に、まず「消費者理解」をしなければなりません。消費者を理解し、明確な仮説を持った上でフォーカスグループインタビューを実施し、「自分の仮説は正しいかどうか」という目で、消費者が発する言葉の奥にある本質を理解しなければならない。

そういう正しいプロセスを踏まずに、数百万円払って調査会社に丸投げする癖が抜けないマーケターがいまだに多いことは、問題だと思います。

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