マーケティングアジェンダ2020 #01
刀・森岡毅氏が語る、どんな戦略でも使える“武器”とは
2020/12/24
「ないものはない」――あらゆるものがリソースと心得よ
森岡 その「消費者理解」をどのようにやっているのか、実例を交えてご紹介します。現在、ご一緒しているクライアントのプロジェクト事例を通じて、私がどのように消費者調査ではなく「消費者理解」をしているのかをお伝えしたいと思います。
ご紹介する事例は、兵庫県三木市にあるリゾート施設「NESTA RESORT KOBE(ネスタリゾート神戸)」です。
USJのV字回復はご存じの方も多いかと思いますが、USJにいた当時の私はこう思っていました――「ああ、予算が足りない!」と。あれもやりたいけど、予算が足りない。あと10億、あと20億あれば……。しかし、ネスタのプロジェクトに参画して、それがいかに贅沢なことだったかを思い知ることになりました。
ネスタの前身は、グリーンピア三木。全国13カ所あった年金保養施設のひとつです。グリーンピアの破綻後、民間委託となった同施設を、リゾート施設として復活させようというプロジェクトです。
緑豊かな山の中に温泉とホテルがあるだけで、他に目玉になる集客施設が何もない。さらに、刀の参画以前に、すでにかなりの投資を行っていたことから、新たな投資可能資金も非常に限られていました。設備投資がほとんどできない。でもこのままだと何もない。
さあどうするか――私は、「ないものはない」と信じているんです。これには「何もない」と「『ない』ということはない」という2つの意味があります。つまり、見方によってはあらゆるものがリソースに変わる。そう考えて、2018年から取り組みを進めてきました。
それぞれの地域には、その地域を支えてきた経済があり、それはそう簡単につぶしていいものではありません。何百億円も投資してつくられた施設を生かすか殺すかは、地域経済にとって決定的なことです。「マーケティングとエンターテイメントで日本を元気に」を標榜する“刀”が、汗をかくべきプロジェクトだと思いました。
そこで、私たちが何をしたか。ここを「大自然の冒険テーマパーク」へと生まれ変わらせることにしたのです。
具体的には、ジャガイモやサツマイモを収穫してその場で料理できるエリアを設けたり、ポニーやウサギなど動物と触れ合える広場をつくったり、魚釣りができるポイントをつくったり、敷地内に元々あった池でカヌーを楽しめるようにしたり……はっきり言って、ほとんどお金はかかっていません。
特に秀逸なのはバギーです。1台30万円ちょっと。たとえ100台買っても数千万で済みます。コースはむしろ舗装せず、ブルドーザーで山を拓いて造成したオフロードコースのほうが面白い。バギーは10歳以上であれば子どもでも運転できますから、「初めて自分で自動車に乗る」体験を提供できる。このオフロードバギーは大当たりしました。
「何もない」ことこそが、「興奮」という人間の根源的な部分を突いて、都会から人を引っ張り出す武器だったのです。「大自然の冒険テーマパーク」――これが私たちの、半径150キロメートル以内で勝てるストラテジーでした。
ここに行けば、都会にいながらにして大自然の中に飛び込み、子どもたちと特別な一日を過ごせるんじゃないか。そこを突くコミュニケーションを展開することで、ネスタは2018年から1年で、売上約3倍のV字回復を遂げました。新型コロナウイルスの影響で、今年4~6月はさすがに厳しい状況を強いられましたが、現場のネスタ従業員と刀チームの一丸となった奮闘によって、8月は昨対を超え、9月は過去最高売上を更新しました(昨年同月比で9月は133%、10月は187%、11月は161%)。
グリーンピア三木以来、過去30年間キャッシュフローが黒字になったことがないのですが、その背中も見えてきました。このまま経営を安定させられたら、ネスタリゾート神戸は、関西地域の経済に貢献する存在として輝くことができると思います。