マーケティングアジェンダ2020 #01

刀・森岡毅氏が語る、どんな戦略でも使える“武器”とは

 

凡人と狂人、その両方を理解せよ


 私の「消費者理解」のキーワードは、「凡人」と「狂人」です。消費者を理解するには「凡人」と「狂人」の両方をそれぞれ深く理解することだと思います。

 「凡人」とはカテゴリーを代表する人、つまり一般的な人ということです。たとえばアウトドアなら、「数カ月に1回、家族を連れてキャンプに行く」ような人が当てはまりますね。カテゴリーにおける平均値のユーザーがやることを、まずは徹底的に理解します。

 「狂人」とは、そのカテゴリーの中で、エキセントリックにそればかりやっている人。脳科学者の方とも何度かお話ししたことがあるのですが、「凡人」と「狂人」は、脳の構造自体は同じだと考えています。でも、欲求の強さが違う。欲求が強ければ強いほど、欲求を満たすためのあらゆるコストがその人の中で正当化されるので、“狂人行動”に出るというわけです。

 ゲーム、パチンコ、釣り……あらゆるカテゴリーにディープな人がいますよね。栄養ドリンクひとつとっても、1日に5~6本飲んでカフェイン中毒になるような人がいる。

 そんな、ヘビーユーザーの中のスーパーヘビーユーザーが「狂人」です。私の場合は、「狂人」を理解するために、その人と行動を共にするようにしています。必ずしも一緒に行動する必要はないのかもしれませんが、私の人物洞察力では、自分も一緒に「狂人」になってみないと、理解することはできないと思っているんです。



 「狂人」を研究する理由は、本能がわかりやすいからです。たとえばアウトドアなら、山の中でいろいろなことをするのが楽しくて、楽しくて仕方がない人。それは誰かと考えて、私が出した結論は「猟師(ハンター)」でした。銃砲所持許可を取得したり、銃を適切に管理したりするのは大変なことですが、そういう面倒臭さをおしてでも、銃を持って山を駆け回り、鹿や猪を殺して、肉をさばき、食べる。凡人からみれば、まさに「狂人」に見えるかと。

 彼らはなぜスーパーで肉を買うのではなく、自分で獣を捕えて食べないと満足できないのか。なぜ、さまざまな面倒をおして山へのぼるのか。本能のメカニズムを理解した上で、「凡人」に対する理解とつなぎ合わせ、人間の本能の形を把握する。それが私のやり方です。

 具体的には、猟師の輪の中に入れていただき、実際に猟をともにして、彼らの使う言語を少しずつ理解していきました。自分で獣を刺したとき、ナイフの先から伝わってくる獣の鼓動。それを感じたときに私の脳がどう反応するのか。

 「すべての人に普遍的な、本能と行動の因果関係は何なのか?」という仮説を意識しながら、彼らがやっていることをとりあえず本気でやってみる。そうすることで、彼らの行動の奥にある本能が理解できるようになるんです。

 銃を撃てなければ猟師の仲間に入れてもらえないので、銃の所持許可を取り、射撃の練習を物凄くやりました。今では50メートル先の的を狙えば、ゴルフボール大の範囲に命中させられるようになりましたが、最初はなかなか当たらない。的の中心を狙って意識しすぎたら当たらないんです。

 射撃の先生から受けたアドバイスは、「的よりもっと遠くの『無限の中心』を狙って撃つ」こと。的の向こうの無限に向かって正しく撃つと、結果的に当たるようになるんです。当てるんじゃない、当たるんです。

 これは、マーケターの仕事にも通じるものがありますよね。見えやすい機能便益・感情便益、言い換えれば「なぜその商品・サービスを買うのか」について消費者自身が口にできるようなことを狙っても、なかなかど真ん中には当たらない。

 しかし、便益の奥にある「本能の重心」を狙うと、コンセプトもブランドのデザインも当たるんじゃないか。お金がなくても、本能さえぶっ刺せれば、私たちのマーケティングは結果的に当たる。私はそう考えているんです。

 消費者調査は、本当に最後の最後にやることなんですよね。そのずっと前の段階で「消費者理解」により多くの時間と労力を割くことが、戦略家・マーケターには不可欠だと思います。

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