マーケティングアジェンダ2020 #02

マーケターが持つべき「狂人性」と「冷静さ」とは? 刀・森岡毅氏に吉野家・伊東正明氏が迫る

前回の記事:
刀・森岡毅氏が語る、どんな戦略でも使える“武器”とは
 従来、暗黙知とされていたマーケティングノウハウを形式知化した「森岡メソッド」を経営危機にあったUSJに導入し、わずか数年で再建したことで知られる森岡毅氏。テーマパークに限らず、あらゆる業種・業態のプロジェクトを成功させてきた背景には、森岡氏の「消費者理解なき消費者調査は無意味」という信念がありました。

なぜ森岡氏は、戦略家として強力な勝ち筋を見つけられるのか。そして、そのためにどのように人間の本質的な欲求を洞察し、消費者理解につなげているのか。森岡氏とP&G時代の同期であり、現在は吉野家常務取締役を務める伊東正明氏がナビゲーターを務め、その秘訣に迫った「マーケティングアジェンダ」(2020年10月沖縄開催)のキーノートレポートの後編をお届けします(前編は、こちら)。
 

徹底的に本能に迫る「狂人性」と、正しい手続きを踏む「冷静さ」


森岡 ここからは伊東さんとのディスカッションを通じて、「消費者理解」についてもう少し深堀ってみたいと思います。伊東さんは、P&G時代から、苦労せずとも「消費者理解」が非常に上手くできていたという記憶があります。

伊東 ありがとうございます。では、私のほうからいくつか質問をしながら、会場の皆さんが疑問で思ったであろうことを紐解いて、少しでも深い理解へとブリッジできればと思います。

まずは皆さん、いかがでしたか? 冒頭に私が森岡さんのことを「狂気の人」と言った意味がよくわかったと思うのですが(笑)。そして、突き詰めることの大切さはあらゆるプロフェッショナルの仕事に共通するということを、あらためて実感できたのではないかと思います。

さて、まずは簡単な質問からです。
    
伊東 正明
吉野家 常務取締役
P&Gにてジョイ、アリエールなどのブランド再生や、グローバルファブリーズチームのマーケティング責任者をアメリカ・スイスにて担当。直近までヴァイスプレジデントとしてアジアパシフィックのホームケア、オーラルケア事業責任者、e-business責任者を歴任。2018年1月より独立、ビジネスコンサルタント。

「『狂人』が楽しみたい冒険と、『凡人』が楽しみたい冒険をどうやってつなぎ合わせたのか?」ということです。普通に考えると、「狂人」が楽しみたいことを体験してきて、それをそのまま再現したテーマパークをつくったら、誰も近づけないものになりかねません。理解した本能を、どうやって“凡人化”させたのかを、もう少し噛み砕いて説明いただけますか。

森岡 「狂人」を理解するのは、脳の構造・本能の輪郭を浮かび上がらせやすく、仮説を立てやすいからです。

簡単に言うと、「狂人」から「本能の出所」を知りたいだけなんです。それがわかったら、その本能を別の形で満たそうとしている人、つまり「凡人」の分析をするんです。そして私は、「凡人」分析にもかなりの時間をかけています。

たとえば猟師は、「自分が何かをできるようになること」に対して、喜びを感じている人が多いです。猪をさばこうとなったとき、普通の人なら及び腰になるものですが、猟師になりたいような人たちは、「俺にやらせろ!」とこぞって前に出ようとする。

わかりやすく言えば、彼らは「自然界で獲物を捕らえ、それをさばいて自分で肉にできる。その能力がある俺はイケてる!」と思いたい、精神的欲求が非常に強いんです。

それを踏まえて、「自分が何かをできるようになることを確認する」ことによる満足感をもう少しライトな方法で満たせるものをつくれば、凡人にも当たるんじゃないか?――そういう仮説の立て方をしています。

その仮説から球を10発投げてみて、凡人に当たるのは2~3発といったところでしょうか。ただ、その2~3発は本当に強いものである可能性が高いと思います。
     
森岡 毅
刀 代表取締役CEO
戦略家・マーケター。 高等数学を用いた独自の戦略理論、革新的なアイデアを生み出すノウハウ、マーケティング理論等、一連の暗黙知であったマーケティングノウハウを形式知化し「森岡メソッド」を開発。経営危機にあったUSJに導入し、わずか数年で劇的に経営再建した。神戸大学卒業後、1996年P&G入社。ブランドマネージャーとして日本ヴィダルサスーンの黄金期を築いた後、2004年P&G世界本社(米国シンシナティ)へ転籍、北米パンテーンのブランドマネージャー、ヘアケアカテゴリー アソシエイトマーケティングディレクター、ウエラジャパン副代表を経て、2010年USJ入社。2012年、同社CMO、執行役員に。USJ再建の使命完了後の2017年、マーケティング精鋭集団「株式会社刀」設立。「マーケティングとエンターテイメントで日本を元気に」という大義の下、刀の精鋭チームを率い、「丸亀製麺」の協業開始後わずか半年で業績回復、破綻した旧グリーンピア三木(現ネスタリゾート神戸)をわずか1年でV字回復させるなど、早くも数々の実績を上げている。USJ時代に断念した沖縄テーマパーク構想に再び着手し注目を集める。近著にリーダーシップの身につけ方を記した『誰でも人を動かせる!あなたの人生を変えるリーダーシップ革命』(日経BP)がある。
 
 
注意したほうがいいのは、「狂人」にもいろいろなタイプがあるということ。同じアウトドアでも、たとえば「仲間と一緒にやることが楽しい」など、別の楽しみ方をしたい人もいるんです。「狂人」に、自分が共感できるタイプの「狂人」しかいないと思ったら大間違い。マーケターは、あくまで客観的立場から分析することを忘れてはいけません。

伊東 ネスタリゾート神戸については、「自分が何かをできるようになることを確認する」――この人間の本能にたどり着いたことがカギだったと思います。おそらく、かつての旧グリーンピア三木を運営していた人たちは、「舗装した敷地」が彼らの資産だと思っていたはず。

一方で、森岡さんは、彼らが使い物にもならないと思っていた「山」こそが武器になると気づき、それを使ってお客さまをどう楽しませればいいかを考え始めた。そして、アウトドアの何が人間の根源的な欲求を満たしているのかを森岡さんなりの方法で見つけ出し、では「凡人」ができるようになって楽しいことは何か?を考え、いくつかのコンセプトを打ち出した。それが本当にお客さまに響くのか、きちんと設計した調査を通じて検証していった。

本能を徹底的に理解しようとする「狂人性」と、こうした緻密な手続きを踏む「冷静さ」。森岡さんは、この2つによって成功の確率を格段に高めているのではないかと思いました。

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