マーケティングアジェンダ2020 #02

マーケターが持つべき「狂人性」と「冷静さ」とは? 刀・森岡毅氏に吉野家・伊東正明氏が迫る

 

チームメンバーにどう「狂人」を理解させるのか


伊東 次の質問は、「チームメンバーに、どうやって『狂人性』を身につけさせているのか?」です。消費者理解のためには「狂人」の理解が不可欠ですが、森岡さんのやり方はなかなか真似できるものではありません。

USJ時代でも刀時代でも、チームメンバーにどのように「狂人」を理解させているのか、どんなアドバイスをしているのか、教えてください。

森岡 仲間に伝えていることは、2つあります。ひとつは、マーケターである以上、プロである以上、全力で臨むということです。その全力が、私から見てまったく全力と思えなかったら、かなり厳しいフィードバックをしています。

ただ「本気になれ!」と言うだけでは、本気になれるはずがないので、本気になった先に何が見えてくるのかを話しながら、課題に対して取り組む姿勢を正すよう誠実に伝えています。

もうひとつは、その人なりのやり方があるということ。私の真似をしようとしても、得意・不得意があるでしょう。その人の特性を使って、同じ目標にたどり着けばいいんです。

「消費者理解」の得手・不得手は、持って生まれたものであることも多い。しかし消費者や、消費者を理解することに興味がない人は、正直言ってマーケターには向いていません。できるだけ早く職業を変えたほうがいいと思います。



数字を組み合わせて組織を勝たせる戦略を考えるのは好きだが、「消費者理解」は好きじゃないという人は、実は結構いるんです。あきらめる前にひとつトライしていただきたいのは、「消費者理解」を本気でやって、それが戦略づくりにも生きるということを一度実感してみるということです。

私自身、自分の特性である「過集中」を「消費者理解」に生かしたら、もともと大好きな戦略づくりが、より多くの人に喜んでもらえるものになるのだと実感してから、「消費者理解」により力を注ぐようになりました。

この世でヒットしたものは、必ず本能に刺さっていると思います。吉野家の牛丼も、丸亀製麺のうどんも、何らかの本能に刺さっている。同じ「食」ではありますが、吉野家と丸亀製麺が突いている本能は、実は違うんじゃないかなとも思っているのですが。

とにかく、消費者の本能を知らないことには私と会話できないので、刀の仲間は、私と同じ深度で「消費者理解」をしなければと思っているはずです。「消費者理解」のために、ああしろこうしろと具体的な指示をするというよりは、あるべき到達点の基準を伝えている、という感じですね。

伊東 私も実感していることですが、好奇心は教えることができないんですよね。もし、自分に消費者に対する好奇心がないと思ったら、確かにマーケターには向かないでしょうね。

私の場合は、もともと好奇心の対象が人なので、「消費者理解」を苦痛なくできることは、ラッキーと言えるかもしれません。森岡さんも自分の特性を生かし、自分なりの好奇心をもって消費者の深いところにアプローチする方法を見つけたのだと思います。

自分の特性を生かして「消費者理解」を深いところまで掘り下げるためには、どういう理屈を自分の中につくればいいか?――皆さんも、それを考えてみてはいかがでしょうか。

最後に、先ほど森岡さんにズバリ先に言われてしまったのですが……うどんを食べに行きたい欲求と牛丼を食べに行きたい欲求は違うというのは、まさにそのとおり。

でも皆さん、「外食」って同じカテゴリだと思っていませんか?

そして、そのカテゴリにはひとつの欲求に基づくひとつのベネフィットがあると思っていませんか?それは間違いで、逆に、その違うところを刺しにいくから勝てるんです。

ネスタとUSJは「テーマパーク」というカテゴリーは同じ。しかし、出てきたものを見るとまったく違うということもよくわかったと思います。そこには明らかに、満たそうとしている本能の違い、くすぐりたい欲求の違いがあるわけです。

ネスタについては詳らかにしていただきましたが、USJで刺そうとした本能についても、時間の許す限りお話しいただけますか。

森岡 大自然の中でのアクティビティを通じて「自分の存在のリアリティを感じられること」がネスタの活路と考えましたが、USJはもう少し“お殿様”的な楽しみ方なんですよね。

行けば向こうから楽しませてくれて、「この世の憂さを晴らしてインスタントに興奮させてくれ!」という欲求を満たしてくれる。テーマパークの王道とも言えます。感情便益でいうと、ネスタとUSJは「興奮」という一言でまとめられてしまうのですが、「興奮」のベクトルが違うんです。

そういう意味で、ネスタとUSJは本質的には競合しておらず、USJの競合はむしろ温泉なんです。温泉に行って、ごはんを出してもらって、ゆっくりくつろげる。至れり尽くせりの安全な環境で、快適に過ごせる。これに近い形で欲求を満たしているのがUSJです。

だからUSJには面倒くさいものや汚いものがあってはいけないんですよね。まとめると、「楽しませてくれるテーマパーク」USJと、「自分で楽しむアウトドアレジャーパーク」ネスタという違いですかね。

伊東 「興奮」という言葉で片付けなかったから、USJもネスタも成功できた。「狂人」と「凡人」という消費者の徹底的な理解と、本能に刺さるコンセプトを導き出し選び取るための正しいプロセス。

この2つを一貫して実践することで、関わるビジネスを次々と成功させ続けてきた軌跡。その一端を垣間見ることができたのではないでしょうか。森岡さん、ありとうございました。

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