ネプラス・ユー大阪2023レポート #02
マーケターにとって、本当の「現場」はどこ?『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』など手がけるコルク佐渡島庸平氏が語る【ネプラス・ユー大阪2023レポート第2回】
現場で重要なのは「解像度」を高くすること
尾﨑 次は、「現場を共通認識することの重要性」というテーマで話していきます。先ほど、佐渡島さんは作家の「熱」が現場だという話がありました。『宇宙兄弟』や『ドラゴン桜』などのヒット作品に関わっている方々も、やはり全員が作家に目を向けていたのでしょうか。
佐渡島 必ずしも、そうではないかもしれません。そもそもマーケティングの現場では、みんなが共通認識を持っているつもりになって「わかっている」と言っても、実はそれぞれが指しているものが違うということがよくある気がしています。
尾﨑 そうですよね、抽象的な理解なままにしている。
佐渡島 はい。それによって、実はうまく機能できていないという事態が起きている気がしているんです。
私は、仕事で基本的に、“鳥の目”と“虫の目”を行き来することが重要だと思っています。先ほど、現場として重視しているのは作家だと言いましたが、その次はお客さまです。その場合、「現場力」とは何かと言えば、どちらも“虫の目”で観察して、かなり解像度高く理解することだと思っています。一方で、“鳥の目”は全体を俯瞰して構造を理解することです。つまり「経営力」のようなものだと認識しています。
つまり現場で重要なのは、細部に対して解像度をどのように高くするかです。解像度が高くなればなるほど、作家やお客さまのちょっとした感情や機微の変化が分かるようになっていくわけです。
尾﨑 たしかに、解像度を高くすることは大切ですね。コルクでは、それをどう習慣づけられているのでしょうか。
佐渡島 正直、難しいですね。いま、コルクの社員は全員が完全にリモートの状態で、言葉だけで擦り合わせていかなければならないので、現場力の鍛え方や認識の合わせ方は非常に難しいと感じています。
尾﨑 リモートでヒット作品を生み出そうとするときは、どのように進めていくのですか。
佐渡島 作家と毎日定例ミーティングを設けます。Zoomで30分~1時間くらいですが、Slackでも常時やりとりをしていますし、何かあればLINEや電話もします。あるときは文章や音声のみ、あるときは画面を見ながら、人数も2人のときもあれば複数人のときもあるという感じで、多様なコミュニケーションで進めています。そうすると、たとえば私が作家と2人で話したことを、作家が複数人のミーティングに他のスタッフに話す様子を見て、私が話したことが伝わっていないことに気づけたりするんです。
編集の仕事は、社会と作家をつなげること
尾﨑 少し話が脱線しますが、作家が「こういう作品をつくりたい」と言ったときに、それをどのように仕掛けてヒット作にするのですか。
佐渡島 基本的に、作家が書きたい内容はすごく個人的な体験なんです。たとえば、あのとき自分の感情がこう動いた、あれが好きだ、あの瞬間を描きたいというようなことです。でも、そういった個人的な体験には世の中の人が興味を持つような点がなかったりするんです。そこで私は、ジャンルごとに世の中との接点になりそうなポイントを日ごろから意識して、心の中に留めておくようにしています。
たとえば、米国ではメンタルヘルスに関して、個人がカウンセリングを受けることは非常に一般的です。でも、日本では、精神科に問い合わせて足を運ばなければなりません。日本ではまだまだ多くの人がメンタルヘルスについて学ぼうとしている状況自体が恥ずかしいというフェーズだと思っています。
そこで私が考えているのは、スポーツマンガで、メンタルヘルスの構築が上手な人が監督になり、スポーツの戦術をまったく知らないのに驚くほど強いチームをつくるという企画です。その中で、スポーツの勝敗を楽しみながらも、メンタルヘルスの情報も学べるようにすれば、世の中のニーズを捉えた作品にできると考えています。
このような企画を心の中に何本か持っておけば、作家が描きたいと言った個人的体験と社会の接点をつくることができます。作家の個人的体験と、社会との接点をどのようにして持てるようにするのかをしっかりと打ち合わせして、仕込んでおくと、その後のプロモーションは非常に楽になります。
講談社時代に手がけた『ドラゴン桜』は、教育業界のマンガがなかったからつくりましたし、現在でも教育業界の人からタイアップの相談が定期的に舞い込んでいます。
尾﨑 なるほど、それは面白いですね。社会の意思に合わせてつくっているのですね。
佐渡島 はい、作家にとっては自分の手元にある原稿、つまり心の中が現場ですが、編集者は社会と作家をつなげる仕事なので、社会側を向くこともある種の現場ですね。