ネプラス・ユー大阪2023レポート #02

マーケターにとって、本当の「現場」はどこ?『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』など手がけるコルク佐渡島庸平氏が語る【ネプラス・ユー大阪2023レポート第2回】

 

現場の解釈の精度を上げていくことが現場力


尾﨑 ここまでの議論を経て改めてお聞きしたいのですが、佐渡島さんにとって「現場力」とはひと言でいうと何でしょうか。

佐渡島 先ほど、私が“虫の目”と言った通り、現場の解像度を上げることに尽きると思います。尾﨑さんは、会社を立ち上げてからこれまでの7年間で、自分の解像度が上がったという実感はありますか。

尾﨑 はい、とても上がったと思います。起業したときは大学生でビジネスについて何も知らずにスタートしましたが、お客さまの声に真摯に向き合うことで「こんなにも喜んでもらえるんだ」といった感触を掴みました。最近では、1つの意見に対する多方面からの切り口の考え方をできるようになってきた感覚があります。

佐渡島 そうすると、7年前の尾﨑さんと今の尾﨑さんでは、お客さまの声をもとに商品をつくるときに、まったく同じ内容でも違う発想をする気がしますね。
  

尾﨑 たしかに、お客さまのコメントひとつに対してもいろいろな理解や解釈ができるようになりますからね。

佐渡島 そうですね。その解釈の精度が上がっていく、それこそが「現場力」だと思います。本当はひとつの事実でも何パターンの解釈の仕方があるので、その中から最も適した答えを選べることが現場の理解になるはずです。ちなみに尾﨑さんは、新しい化粧品を発売するときに、どれくらい売れるかの予測はつきますか。

尾﨑 正確に何万ロット売れそうだというところまでは読めませんが、お客さまの声や需要を聞き続けてきたことで、「これはいけるかもしれない」という感度は高くなってきたと思います。

佐渡島 現場力を高くすることで、ヒットする確率を高めているのですね。私は編集長などを経験せずに、作品のいち担当のまま出版社を辞めて独立してしまったので、引いた目でコンテンツづくりを見た経験がなく、安定的にヒット作品をつくるにはどうすればいいのかがわからず悩んでいました。それで、ソニーをハード側のメーカーからソフト側にシフトさせた同社の元社長である出井伸之さんに聞いてみたんです。

すると、出井さんは、ポートフォリオをどう構成するかを考えていました。どのコンテンツがヒットするかわからない中では、年間に20作品程度を出していき、その中でヒット作品を2つ以上出すための仕組みをつくろうとしていたのです。

その話から、現場にいると、すべての作品を伸ばしたいという気持ちになりますが、会社としてはそれだけだとダメで、引いた目で見る“鳥の目”も必要だと気付かされました。「現場力」には、この2つの組み合わせが必要だと思います。
  

尾﨑
 たしかに、どちらの視点も大事になりますね。

佐渡島 でも、コルクでもそのレベルのマンガがまだ実現できていないと思っています。なかなか簡単にはいかず苦戦しているところです。

尾﨑 ヒット作品ができそうだと感じられるときは、そこのジャンプがうまくいったときでいすか。

佐渡島 そうですね。それがない限りは、絶対にうまくいかないです。

尾﨑 それこそ『ドラゴン桜』は私もすごく読んでいてドラマ化もされましたし、『宇宙兄弟』もドラマや映画化したヒット作品です。それらのマーケティングは、どのようにしてきたのですか。
  

佐渡島 ひとつは、現場力を生かした企画を実現させていました。今は違いますが、15年前ぐらいの書店は小説、ビジネス本、雑誌の担当者が社員で、マンガの担当者はアルバイトでした。そのためマンガの大きなフェアをお願いしても、書店の一番奥にあるマンガコーナーでしか実現できませんでした。

そこで『宇宙兄弟』が映画化されたときはさまざまな関連本をつくり、ある種本を使った宣伝をしました。『宇宙兄弟』のマンガだけをプッシュするのではなく、関連する雑誌や小説などと組み合わせて、書店の社員にも動いてもらうことでより多くの場所をおさえられるようにしたんです。

マンガを一生懸命につくっている作家は、書店の社員など細かいことまでは知らないので、関連本をつくって複合的な企画に仕立てられないかと考えることは、私たちの仕事です。映像化するときにも、どのタイミングで取り上げてもらうか、どのプロデューサーに頼んで社員にどのように動いてもらってなど、さまざまな事情を調べて提案することが重要だと思います。

尾﨑 最後に、今日参加しているマーケターに向けたメッセージをもらえますか。

佐渡島 新人マンガ家は、5年や10年という時間をかけて修行して自分の作品を描き、それで食べられるようになるまでは、アルバイトもしなければならないというのが今までの業界の仕組みでした。

でも、今やマンガは、雑誌だけではなくSNSでも発表できるようになり、ページ数が2~4ページの短い作品の需要も生まれています。そこで私は新人マンガ家に企業案件としてSNS向けの2~3ページの短いマンガを描くことを勧めています。それによって職業としてマンガ家をやりながら技術を上げて、同時並行で自分のマンガを描くことができます。

物語の強みは、商品やサービスの開発者や実際に使っている人の気持ちなど、現場のリアルを伝えられることです。それによって、発信する企業にとってもファンとエンゲージメントの高いコミュニケーションが取れます。自社の商品やサービスの訴求にマンガを使うということに興味をもってもらえたら嬉しいですね。
  
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