ライジングアジェンダ2023レポート #01

「このままだと、オルビスが潰れる」小林琢磨社長の顧客構造・組織改革の舞台裏

 

31歳で起業、口座を見て震える


廣澤 社長に就任してすぐに危機感を抱いて、改革に進んでいかれたわけですね。どうして、その危機を感知できたのでしょうか。

小林 ディセンシアという社内ベンチャーを立ち上げて、8年間経営した経験が大きかったですね。もともとポーラという安定した大企業に入って、自社のキャッシュなんて見たことがありませんでした。それが、起業したらいきなり資本金の1.5億円が銀行口座に振り込まれているわけです。

そして、事業を動かすために人を採用したり、物を仕入れたりすれば、売上はないのにキャッシュだけがすぐになくなっていきます。追加の借り入れや、来月の給与支払いをどうするか、口座を見ながら毎日震えたのが原体験です。しかも、最初は社内でもちやほやされていたのに、いつのまにか「赤字の新規事業はやめてしまえ」と罵倒される。大企業の新規事業あるあるですよね。

そこで、PLの構造をものすごくシビアに見て、黒字転換を探るようになりました。通販事業では配送費やクレジットカード手数料などのフルフィルメントコストがかかるため、その構造を見直すことも打ち手のひとつでした。また、ユニットエコノミクス(顧客1人あたりの採算性)を重視して、金銭的インセンティブに頼らない売上の伸ばし方を模索しました。さらに、3カ月に1回お客様とのコミュニケーションをとる「お客さま座談会」を設けて、常に顧客の声を聞くようにしていました。

こうした経験を経て、オルビスの当時の会計資料を見たら、まずい状況であることは一目瞭然でした。経営に対する感度をあえて身につけようと思ったのではなく、起業するなかで勝手についてきたという感覚です。

廣澤 20~30代のマーケターは、まだ会社に与えられる役割の中で仕事をしている人が多いと思います。しかし、ブランドのPLや会社全体の利益などは、社内システムや公開情報で見ることができる場合も多いので、そういった会社やブランドの業績や指標を確認するところから意識を高めていくのも大切ですね。
 
花王 DX戦略部門 インタラクティブプラットフォーム統括センター オウンドメディアインプリメント部
廣澤 祐 氏

 2015年に新卒として花王へ入社し、デジタルマーケティングを3年経験したのち、化粧品ブランドのマーケティングに3年従事。2021年1月より新設されたDX部門にて社内のデジタル化を推進、2024年1月より現職。
2020年よりデジタルマーケティング研究機構 U35 Project プロジェクトリーダーを務める。2021年に一橋大学大学院 経営管理研究科(MBA)を修了したのち、現在は同大学院の博士後期課程に在籍しイノベーション・マネジメント / MOTの研究に従事。


小林 繰り返し商品を購入してもらう商売の本質として、私が最も大事だと思うのが、先ほども申し上げたユニットエコノミクスです。新たなお客さまを獲得する、あるいは休眠顧客をアクティブに戻すためにどのぐらいコストが掛かって、それを何カ月で回収できるか。それを自分の責任で回していくのです。CPA(顧客獲得単価)とLTV(顧客生涯価値)の関係を見て、コントロールするのが基本だと思います。
  

廣澤 なるほど。そうやって問題を次々と発見されていく一方で、どういう優先度で解いていくのかも、難しいと思います。先ほどのお話では、まずキャッシュフローの現状理解が問題発見の入り口となり、構造改革の手段としてリブランディングなどに取り掛かったということでしたが、そういった優先順位は、どのように決定されたのでしょうか。

小林 オルビスの場合の話で、これはすべての企業に当てはまるわけではありませんので、最初にお断りしておきます。

まずは①定量情報から検討します。財務諸表を徹底的に見尽くして、先ほどの顧客構造の問題に気づきました。その他にも、財務諸表を元に「こういうことが起こっているのではないか」といくつかの仮説を持ちます。その後は、②社員との1on1を通じて情報収集を行いながら、仮説を検証していきます。オルビスは顧客と直接コミュニケーションする機会がほとんどなく、お客さま視点が不足していることがわかりました。そこで、③イベントや座談会などを通じて徹底的に顧客とのコミュニケーションを図ることに注力しました。

このような3段階を踏んで、課題を特定し、優先順位付けしていきました。その後はケースバイケースなので、一概には言えません。例えば、オルビスではリニューアルや新商品発売を頻繁に行っていたため、お客さま視点で見た時に「無駄な仕事が増えていないか」「顧客価値に結びついていないことに時間を費やしていないか」という問いに立ち返りました。

そうした改革を進める中で、たとえば12年前に発売したヘアミルクがリニューアルも何もしていないのに売上がじわじわと伸長していることが分かりました。口コミを見ると、熱狂的に支持されており、それをきちんとお客さまに伝えていくのを繰り返した結果、大きな話題になり、当時は前年比3倍の240万本の販売を達成するといった成果が出てきていました。売れはじめると「デザインを変えたい」という声も社内で出てきましたが、せっかく認知がとれてきた商品なので却下しました。つまり、お客さま視点に立った時に顧客価値につながらないことに時間を使っていないかを常に意識させたのです。

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