ダイレクトアジェンダ2024 #07
中川政七商店会長が語る、究極のブランディングの先にある「ライフスタンス」【ダイレクトアジェンダ2024レポート】
2024/05/09
直販・通販事業に携わるトップマーケターが集結するカンファレンス「ダイレクトアジェンダ2024」が、2024年3月7日から9日にかけて鹿児島県鹿児島市で開催された。キーノートでは、「ライフスタイルの時代からライフスタンスの時代へ」と題して、中川政七商店 代表取締役会長の中川政七氏がスピーカーとして登壇し、シンクロ 代表取締役社長の西井敏恭氏がモデレーターを務めた。
「ライフスタンス」とは、中川政七氏が2010年頃に生み出した造語であり、商品やサービスが溢れる現代において、消費者行動に移り変わりが生じていることに関連する言葉であり、今年のダイレクトアジェンダ2024は「ライフスタンス」という全体テーマで実施された。前編では、中川政七商店の成り立ちと誕生、「マーケティング」と「ブランディング」の捉え方の違いなどについて紹介した。後編では、ダイレクトマーケティングの領域に限らず企業として大切にするべき姿勢やスタンス、消費者の行動が「ライフスタイル」から「ライフスタンス」へ移り始めている背景から現代に持つべき大切な視点などについて深掘りしたセッションをレポートする。
「ライフスタンス」とは、中川政七氏が2010年頃に生み出した造語であり、商品やサービスが溢れる現代において、消費者行動に移り変わりが生じていることに関連する言葉であり、今年のダイレクトアジェンダ2024は「ライフスタンス」という全体テーマで実施された。前編では、中川政七商店の成り立ちと誕生、「マーケティング」と「ブランディング」の捉え方の違いなどについて紹介した。後編では、ダイレクトマーケティングの領域に限らず企業として大切にするべき姿勢やスタンス、消費者の行動が「ライフスタイル」から「ライフスタンス」へ移り始めている背景から現代に持つべき大切な視点などについて深掘りしたセッションをレポートする。
「ライフスタイル」から「ライフスタンス」へ
中川 そろそろダイレクトアジェンダのテーマでもある「ライフスタンス」の話に入りましょう。
何に、どうブランドを感じるかということは、実は時代とともに移り変わっています。戦後、まだあまりモノがなかった時代は粗悪品も多かったので、商品の品質への「安心感」にブランドを感じていたのでしょう。この時代の象徴は、百貨店の紙袋です。
そこから高度経済成長を経て、商品のクオリティが安定すると、「憧れ」の時代に入っていきます。芸能人の誰かがドラマで使っていたから、カリスマ販売員が売っているからといった買われ方になり、ライフスタイルに対する憧れにブランドを感じるようになっていきました。
中川政七商店 代表取締役会長
中川 政七 氏
1974年生まれ。京都大学法学部卒業後、2000年富士通株式会社入社。2002年に株式会社中川政七商店に入社し、2008年に十三代社長に就任、2018年より会長を務める。業界初の工芸をベースにしたSPA業態を確立し、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、業界特化型の経営コンサルティング事業や教育事業を開始。現在は学生経営×地方創生プロジェクト「アナザー・ジャパン」や、志あるブランドを世の中に届ける共同体「PARaDE」を発足。企業やブランドのビジョン・思想を「ライフスタンス®」と提唱し、新しい経済の形を生み出している。2015年には、独自性のある戦略により高い収益性を維持している企業を表彰する「ポーター賞」を受賞。「カンブリア宮殿」「SWITCH」などテレビ出演のほか、経営者・デザイナー向けのセミナーや講演歴も多数。著書に『日本の工芸を元気にする!』(東洋経済新報社)、『ビジョンとともに働くということ』(祥伝社)、『経営とデザインの幸せな関係』、『中川政七商店が18人の学生と挑んだ「志」ある商売のはじめかた』(日経BP社)他
中川 政七 氏
1974年生まれ。京都大学法学部卒業後、2000年富士通株式会社入社。2002年に株式会社中川政七商店に入社し、2008年に十三代社長に就任、2018年より会長を務める。業界初の工芸をベースにしたSPA業態を確立し、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、業界特化型の経営コンサルティング事業や教育事業を開始。現在は学生経営×地方創生プロジェクト「アナザー・ジャパン」や、志あるブランドを世の中に届ける共同体「PARaDE」を発足。企業やブランドのビジョン・思想を「ライフスタンス®」と提唱し、新しい経済の形を生み出している。2015年には、独自性のある戦略により高い収益性を維持している企業を表彰する「ポーター賞」を受賞。「カンブリア宮殿」「SWITCH」などテレビ出演のほか、経営者・デザイナー向けのセミナーや講演歴も多数。著書に『日本の工芸を元気にする!』(東洋経済新報社)、『ビジョンとともに働くということ』(祥伝社)、『経営とデザインの幸せな関係』、『中川政七商店が18人の学生と挑んだ「志」ある商売のはじめかた』(日経BP社)他
その後、今度はライフスタイルに対する「共感」の時代になります。モノからコトへと言われるようになり、プロダクトがブランドの主な要素をしめていた時代から、コト、つまりライフスタイルにその比率が傾いて逆転しました。特に2010年以降、ライフスタイルへの共感が増えてきたように思います。
そして現在は、それもさらに変わりつつあると思います。それを、我々はライフスタンス、言い換えると「信頼」の時代だと言っています。
西井 時代とともにブランドに対しての感じ方が変化し、いまではライフスタンスに対する「信頼」へと変わっているんですね。
中川 そうなんです。たとえば、数年前に米国で白人警官が黒人を殺してしまった事件がありました。それを受けてNikeやNetflixが「私たちは人種差別に反対します」という声明を出し、それをForbes誌がマーケティングのひとつだと揶揄したという一連の流れがありました。仮に30年前であれば、Nikeがそうした声明を出すことはなかったと思います。でも、いまの時代は、お客さまがNikeと競合他社のどちらの靴を買おうかと迷ったときに、「声明を出している」ということがその判断に影響すると思っているから、Nikeはそうしたんです。
それは果たしてNikeのライフスタイルなのでしょうか。Nikeのライフスタイルには「エアジョーダン」をはじめとする世界観がありますが、それとは別次元の思想や価値観、哲学といった話ではないでしょうか。ライフスタイルという範囲では捉えきれない部分であるならば、ライフスタンスと呼ぶべきものなのではないかと考えているんです。
西井 なるほど。私はNikeの話を米国っぽい話だなと捉えている節がありましたが、別にそういうわけではなく、これが「ライフスタイル」から「ライフスタンス」に変化しているひとつの象徴的な事例なんですね。
シンクロ 代表取締役社長
西井 敏恭 氏
1975年福井県生まれ。2年半にわたる世界一周の旅行記を更新したWebサイトが人気となり、帰国後、旅の本を出版し、EC企業にてデジタルマーケティングに取り組む。二度目の世界一周の旅をしたのち、2016年にシンクロを設立。大手通販・スタートアップなど多くの企業のマーケティング支援やデジタル事業の協業・推進を行うほか、複数企業の取締役を兼任する。その傍ら旅を続け、訪問した国は150カ国近く。 全国のマーケティングイベントやビジネスフォーラムでの講演、雑誌・新聞・テレビなどメディア掲載多数。
西井 敏恭 氏
1975年福井県生まれ。2年半にわたる世界一周の旅行記を更新したWebサイトが人気となり、帰国後、旅の本を出版し、EC企業にてデジタルマーケティングに取り組む。二度目の世界一周の旅をしたのち、2016年にシンクロを設立。大手通販・スタートアップなど多くの企業のマーケティング支援やデジタル事業の協業・推進を行うほか、複数企業の取締役を兼任する。その傍ら旅を続け、訪問した国は150カ国近く。 全国のマーケティングイベントやビジネスフォーラムでの講演、雑誌・新聞・テレビなどメディア掲載多数。
中川 そうだと思います。たとえば、どこかの企業が何らかの不祥事を起こしたとき、その企業が提供している商品やサービスの品質は変わらなくても、SNSなどでは「もう買わない」といった声がよく見受けられます。また、上層部の誰か1人が起こした不祥事でも、それを嫌だと思って買わないという選択をするのは「ライフスタンス」の表れなのではないかと思います。
言葉で整理をすると、「モノからコトへ」と言われていたところから、今後は「ヒトへ」という話に移っていくのではないかと思います。ブランドそのものも大切ですが、背後にある会社やそのビジョンや思想まで見られる時代になっているのです。
その上で「ライフスタンス」と「ライフスタイル」と「プロダクト」は、比重の問題だと考えています。その昔は、「ライフスタンス:ライフスタイル:プロダクト」が「0:0:10」だったわけですが、それが高度経済成長を経て「0:3:7」になり、さらに共感の時代には「0:6:4」となり、ライフスタイルとプロダクトの比重が逆転しました。
そして現在では、その比重が「1:5:4」になりつつあり、将来的には「3:3:4」になると考えています。やはりプロダクトは大切なので、最終的にはその比重が少しだけ大きくなるというのが、私の考えです。
西井 なるほど。「ライフスタンス」の重要性が増しても、プロダクトは重要な要素のひとつに変わりはないんですね。
中川 そうなんです。ただ、さきほどのNikeの事例にはオチがあり、「私たちは人種差別に反対します」という声明を出したにも関わらず、当時の取締役は全員白人の男性だったのです。
西井 そのようなツッコミがあり、SNSで多少炎上していましたね。
中川 企業として何か発信することでリスクはありますが、しっかりと姿勢として世の中に見せることは重要だと考えています。
ただ「ライフスタンス」の重要性は、すぐには世の中に伝わらないと思っています。それは、企業の行動でしか伝わらず、本当に実現するために10年や20年と取り組み続けることによって初めて伝わると思いますし、そのほうが価値があると思うんです。いまのビジョン、ミッション、パーパスがブームだから一度見直そうという程度では逆効果だと考えています。
西井 ブランドや企業の姿勢として、本当に大切な視点だと感じました。
日本企業で考えたときに、グローバルでも強いブランドはトヨタ自動車だなと考えました。ダイレクトマーケティングの視点から考えると、トヨタイムズのテレビCMを何年も継続していますが、Webサイトに訪れる人はほとんどいないと思いますし、本当に意味のある投資なのかが疑問だったのですが、中川さんのお話を聞いて、実は企業のスタンスを示しているのではないかと思いました。
中川 私もそうだと思います。トヨタ自動車は、ブランドとして企業のスタンスを明らかにしていると感じています。他の企業でいうと、パタゴニアはよい例だと思います。これまで継続して掲げてきた思想のようなことは一貫性もあり、そこに対するお客さまの支持もあるので、ライフスタンスとして評価されている企業の一例だと思います。
西井 パタゴニアのように、これまで培ってきた信頼も含めて同じ商品やサービスが登場しても長期的に企業としてのスタンスが示されていることが大切だと思いました。