Rising Academy powered by ノバセル ~若手マーケターの登竜門~ #08
花王 廣澤祐氏の強さとは? 愚直なインプットとアウトプットで呼び込む「計画的偶発性」
「仕組み」の上に「個」を磨く
外部の人脈を広げる中、廣澤氏が強く影響を受けたのが、2年目に出会ったマーケティングコンサルタントの高広伯彦氏だった。
「当時、高広さんはご自身で事業をされながら京都大大学院の博士課程にも在籍していました。これほど頭が良く、自分よりはるかに経験豊富な方が、ビジネスをしながらさらに勉強されている。もし、マーケットで彼が競合のコンサルに入り、彼と競わなければならなくなってしまったら、同等以上の努力が必要なはず。『勝てないまでも、諦めちゃだめだ』と思いました」
2018年に敏感肌専用ブランド「キュレル」に異動。マーケティングの知識の深さには自負があった廣澤氏も、実務を経験することで新たな視座を得る。
「1887年創業の花王には、130年以上の歴史で培ったナレッジと強固なビジネスシステム(仕組み)がありました。その仕組みは仕事の効率や質を一段と高めてくれるものですが、一方で、仕組み依存に陥ってしまう可能性も考慮しなければなりません。『君たちの世代はすでに出来上がっている仕組みに乗っかって仕事をするだけでなく、仕組みのアップデート・リプレイスも考えながら、市場競争で勝つために個人でどう努力して成果を上乗せするかを考えなさい』と、石井さんに言われていた言葉が腑に落ちました」
花王の中での仕事の進め方を身に付けた上で、それ以上の成果を出すために「個」の力をどう磨くか。高広氏の背中も意識しながら、廣澤氏は働きながら学ぶことができる一橋大学大学院に入学し、新設のDX戦略部門に異動した2021年にMBAを修了した。その後、博士後期課程イノベーション・マネジメント・プログラムにてMOT(Management of Technology)を研究しながら、博士論文執筆に取り組んでいる。
廣澤氏ほどの若さで、博士課程で学ぶ文系社員は花王でも珍しい。高広氏というロールモデルはいるにせよ、実務で忙しい中、学術研究を突き詰めるのはなぜか。目指すものは何なのか? 尋ねると、現在の日本のマーケティング領域で見られる課題への深い問題意識と、「研究が面白いから」という答えが返ってきた。
「マーケティングという概念が本格的に企業へ普及したのは1960年代にマッカーシーが4Pを提唱し、コトラーの『マーケティング・マネジメント』というマーケティングに関する体系的な書籍が発売されてからです。たとえば、この4Pひとつとっても、多くの実務家は4Pという考え方がどういった論理に基づいて提唱されたか、その背景にある研究の蓄積を知らずに、単なるツールとしてなんとなく使っている場合があります。4Pだけでなく、実務家が日常的に使っている経営理論やフレームワークの多くは、学術的な研究と研鑽の積み重ねの上に確立されているものです。
しかし、『アカデミアの堅苦しい理論なんて実務の役に立たない』『ビジネスは現場が全て』という意見を持つビジネスパーソンも少なからずおり、残念ながら、そうした考え方の方は学術的な背景や論理構造に対する関心は低いでしょう。
しかし、自身がビジネスで活用している概念のルーツやその論理について曖昧なまま実際のビジネスシーンに活用するという行為は、誤用や認識齟齬などを生じさせる危険性があります。
ビジネスの中で真に面白い瞬間かつ重要な部分というのは、売上が伸びたとか、利益が上がったという結果だけではなく、その結果に至るまでにどのような試行錯誤と創意工夫を行ったのかというプロセスと、その背景にある行為主体の意図や論理の部分です。
研究のプロセスでは、世の中に生じている革新の現象や、マーケティングとはいったい何なのか、なぜ、革新が生じるのか、その革新を戦略的意図に基づいてマネジメントするにはどうするべきか、ということを徹底的に考えます。その過程で、既存の理論を学ぶことで、実務で納得がいかなかったことが説明できるようになったり、これまでにない概念やアイデアを探求できたりすることも研究の面白いところです。最終的には、自身の研究が学術的な理論の発展に繋がり、その先に自分の仕事もアップデートできたらとは思いますが、研究自体が楽しいというのが正直なところです」
1本の論文を書くために、100以上の論文をインプットする必要があるという研究の世界。「内発的な動機付けがなければ無理だと思う」と語る廣澤氏は、売上アップや出世といった外発的なモチベーションだけでなく、マーケティングの現場への危機感や、「知ることが楽しい」といった内発的なモチベーションで学び続けているのが印象的だ。