ネプラス・ユー2025レポート #05

マーケター・西口一希氏が語る「事業成長につながる顧客構成とAI時代のマーケターの役割」【ネプラス・ユー2025レポート後編】

 

AI時代、マーケターの役割とは?


廣澤:最後、やはりAIについて触れないわけにはいきません。AIによってマーケティングの仕事がなくなるのではないかと西口さんも記事に書かれていましたが、この加速度的な変化を踏まえて、マーケティング担当者はどんな努力をすべきでしょうか。

西口:来るAI時代に向けて、マーケティングの実務に役立つオリジナルのコンテンツをWisdom -Betaというサイトにまとめています。登録だけで読めるのでぜひ活用いただきたいですが、エッセンスをお話しすると、AIが可能にしたのは、マーケティングや営業が担ってきた「WHO(顧客)」と「WHAT(プロダクト)」の間の「距離」をゼロにすることです。ユーザー自身がまだ気づいていない潜在ニーズを可視化し、言われてみれば欲しくなるようなコンセプトの生成も可能になります。この「距離」に依存してきた従来型のマーケティングは、今のスピードでいくと5年以内には8割がなくなっているという前提で考えていただけたらと思います。

では、マーケターは何をすべきか。私は2つの方向性を提案します。

ひとつは人間理解を深めること。AIは10年、20年後にはほとんどの業務をこなせるようになるでしょう。しかし、生体データはまだ取得できません。たとえば、ホルモン分泌や内分泌の変化までは取れない。つまり、リアルタイムで人間の感情を完全に把握する「リアルタイムマーケティング」までは、まだ実現していないんです。

人間の心理は、思う以上にいい加減です。言っていることや思っていることのほとんどは根拠がないですよね。ホルモンバランスや、内分泌、周りの雰囲気、プライドといったさまざまなものから影響を受けて、なんとなく嘘をついたり、事実でないことを信じたりする。

この人間の複雑な心理をAIが完全に理解するのはまだ先のことでしょう。ですから、マーケターに残された道のひとつは、人間の深層心理やその延長線上にある本能的な行動原理に対する洞察を極め、動物としての人間を理解することだと思います。

そしてもうひとつ、マーケティングの範囲をより広く捉えることをおすすめします。皆さんの中には、デジタルマーケティングやWeb、AIなど、専門領域を担当している方も多いと思います。しかし本質的にマーケティングとは、「WHO(顧客)」と「WHAT(プロダクト)」の間に新しい価値をつくって売上に結びつける活動です。

モノづくり、サービスづくりを視野に入れて、自分のやりたいことは何だろう、自分にできることは何だろうと、あらためて問い直してみてください。その答えが今の仕事とズレていたら職責や職場を変えることも選択肢のひとつです。

たとえばiPhoneのような製品は、AIにはまだつくれないんじゃないかと思います。GoogleのNotebookLMも、当初はエンジニアの自発的なプロジェクトから生まれたと聞いています。人間の創造力が生み出すものには、やはり圧倒的な力があります。だからこそ、マーケティングの概念を経営に近いところまで広げて、何をやるべきかを問い直すことを提案したいです。

廣澤:人間の複雑さに向き合う面白み。SNSを駆使してCVRを上げるといった目先の施策より、もっと広い視点で「心をどう動かすか」を探求することの面白み。これらがマーケターとしての本質的な喜びになるんじゃないかということですね。

西口:そうですね。AIができない領域で、どのように価値をつくるかということに関しては、最後にもうひとつお伝えしたいことがあります。

P&Gや花王が築いてきたマスマーケティングのノウハウは、すでに確立されているものです。私は、P&Gのノウハウはいまなお最強だと思っています。その一方で、マスではないところにはチャンスがまだたくさんあるということも実感しています。

優れた事例として挙げたいのが、予約サイトの『一休』です。一休は、先ほどお話しした「顧客別利益管理」を実行されていて、各ID単位でその顧客が利益にどれほど貢献しているかデータで管理しています。その結果、営業利益率は56%と驚異的です。他社で営業利益率が2割を超える例は、恐らくないと思います。

AIが介入しにくい「非マス市場」で、新しい価値をつくる。顧客を一人ひとり見て人間理解を深め、提案を磨き上げていく。その積み重ねによって、新しい価値をつくり続けられると思います。

廣澤:マーケティングはまだまだ面白くなる余地がある。明るい未来の兆しを示していただきました。西口さん、ありがとうございました。
 
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