B2Bアジェンダ2025レポート #01
オムロンヘルスケアと考えるブランド再構築の要諦とマーケティング組織の貢献【B2Bアジェンダ2025レポート】
国内最大級のBtoB特化型マーケティングカンファレンス「B2Bアジェンダ2025(主催:ナノベーション)」が2025年10月16~17日、静岡県沼津市(プラサ ヴェルデ)で開催された。今年は「Redesign for Growth BtoBマーケティング組織の『事業貢献』を再定義し、必要な基盤を整備する」をテーマに、事業成長の中核となるBtoBマーケティング組織のあり方を考えるセッションが多数展開された。
「マーケティング組織のブランド価値向上への貢献と、その評価を考える」と題したセッションには、オムロンヘルスケア 経営統轄部 副統轄部長の大川力也氏が登壇。富士通グローバルマーケティング本部 デジタルエクスペリエンス統括部 C&EX部 部長の小倉遵也氏がモデレーターを務め、オムロンヘルスケアのブランド再構築を掘り下げた。(役職・肩書きは当時)
「マーケティング組織のブランド価値向上への貢献と、その評価を考える」と題したセッションには、オムロンヘルスケア 経営統轄部 副統轄部長の大川力也氏が登壇。富士通グローバルマーケティング本部 デジタルエクスペリエンス統括部 C&EX部 部長の小倉遵也氏がモデレーターを務め、オムロンヘルスケアのブランド再構築を掘り下げた。(役職・肩書きは当時)
「ヘルスケアの文化」をつくったオムロン
小倉 富士通の小倉と申します。日産自動車でブランドキャンペーンの立ち上げなどを経験し、現在は富士通で、デジタルエクスペリエンス統括部C&EX部の部長をしています。本日は前職での経験と、現職のBtoBの知見も踏まえながら、短期ROIでは測れないブランド投資をどのように語り、どのように継続させるのかについて、オムロンヘルスケアの大川さんにお話を伺いながら考えていきたいと思います。
大川 オムロンヘルスケアの大川と申します。1993年にオムロンに入社して以降、ずっとヘルスケア関連業務を行ってきました。データビジネス開発部長や国内事業部長、中国の常務副総経理などを経て、2025年より経営統轄部の副統轄部長を担っています。オムロンはヘルスケアのイメージが強いと思いますが、実はグループの事業全体の18%程度しかなく、メインはセンサー、タイマーといった制御機器で、こちらが祖業です。信号機、自動改札、ATMといった社会システム事業、そして各事業の現場データを軸としたデータソリューション事業も展開しており、ここにヘルスケアデータの活用も入っています。
オムロンヘルスケア 経営統括部 副統括部長
大川 力也 氏
1993年 オムロン入社
2009年 オムロンヘルスケア 健康機器営業部長
2015年 オムロンヘルスケア 国内事業部長
2019年 オムロンヘルスケアチャイナ 常務副総経理
2025年 オムロンヘルスケア 経営統轄部 副統轄部長
大川 力也 氏
1993年 オムロン入社
2009年 オムロンヘルスケア 健康機器営業部長
2015年 オムロンヘルスケア 国内事業部長
2019年 オムロンヘルスケアチャイナ 常務副総経理
2025年 オムロンヘルスケア 経営統轄部 副統轄部長
ヘルスケア事業は売上高1500億円規模で、うち日本事業は16%程度です。中国や欧州、米国など海外比率が大きくなっています。血圧計の販売台数は2025年に4億台に達し、自社推計ですがグローバルでのシェアはトップです。
血圧計に関してエピソードをご紹介したいと思います。1986年、岩手県花巻市大迫(おおはさま)町で東北大学の研究が開始されました。町民全員に血圧計を配り、10年間、家庭で血圧を計測してもらうもので、当社の家庭用血圧計が採用されました。家庭血圧を指標とした長期的な地域調査として世界に先駆けたこの研究をもとに、WHO(世界保健機関)による世界家庭血圧の基準値が制定されたのです。研究は今も継続しています。
私が1993年に入社した当時はまだ、血圧は病院で測定するのが当たり前で、家で測ると医師に怒られる時代でした。しかし、この家庭向けの基準値が制定されてからは、今度は、家で血圧を測ってこないと注意される人もいるほど、「家庭で血圧測定をするのが当たり前」の文化をつくることができたと考えています。
企業理念の実践は創業者の想いのインストールから
小倉 そんなヘルスケアの文化を築いてこられたオムロンヘルスケアですが、ブランド活動において社内でどんな難所、壁を感じたかをお伺いします。
大川 難所だらけ、壁だらけだったと認識しています。2015年に国内事業部長になった際、社長に「とにかくオムロンブランドを意識するように」と指示されました。お話ししたように、オムロングループの事業は多岐にわたりますが、「ヘルスケア」のイメージが強い日本事業はグループの「顔」であるということです。日本国内のヘルスケア事業のみならず、グループ全体、グローバル全体を意識して活動しなければならないと気を引き締めました。
では、当社のブランド・アイデンティティは何なのか、という時に、必ず意識しなければならないことがあります。まず、創業者の立石一真が1970年に学会で発表した「SINIC理論」です。2050年までの社会と技術の発展を予測した未来予測モデルなのですが、なかなかよく言い当てており、情報化社会→最適化社会→自律社会への変化を踏まえて事業を考えるという内容です。また、創業者がつくった社憲「われわれの働きで、われわれの生活を向上し、よりよい社会をつくりましょう」も重要な企業理念であり、ブランド活動に際しては、私自身がまずはこれらを頭に叩き込み、社員や各施策に行き渡らせていくことを考えました。

また、オムロングループでは10年ごとに長期戦略を立てることになっており、現在は「Shaping the Future 2030」という2030年を見据えた経営ビジョンがあります。長期ビジョンに立って社会的課題を解決すること、透明性と自律性の高い真のグローバル企業経営を実現すること、ステークホルダーと強固な信頼関係を築くことの3本からなる指針です。ブランド活動においてはこれも踏まえる必要があります。
小倉 オムロングループの羅針盤となるSINIC理論と企業理念。そして10年の経営スタンス。これらをまずはご自身に徹底的にインストールし、経営陣からの期待ともすり合わせて、ブランドを再構築する上で活動の方針を定義されたわけですね。具体的にどのようなアクションを行ったか教えてください。
大川 オムロンブランドを生かした事業展開としては、アスリートや芸能人を起用したメディア施策のほか、新しい認知をつくる「オムロン式美人」(編集部注:現代女性の「いつまでも健康で美しくありたい」という願いをサポートするプロジェクト・ブランド。女性のライフステージに応じた健康知識の発信や、婦人体温計、活動量計、温熱機器など、セルフケアを支える機器の提案を行う)などを推進しました。これは当社が長年、シニアの男性を中心とする「女性から顔が見えない会社」というイメージがあり、女性社員たちがプロジェクトを立ち上げたのがきっかけです。女性向けカテゴリー担当として存在感を確立し、経営会議でもたびたびトピックとして取り上げられました。メディアに露出してオムロンの認知向上に貢献していることや、続けたい強い意志を持っていることを主張し、最終的に「オムロン式美人課」という組織にまで昇格しました。
小倉 事業全体でROIを担保しつつ、そういった短期ROIで語りにくい部分は事業成長との相関を説明しながら、強い意志を持って泥臭く突破してきた、ということですね。では、ブランド・アイデンティティの再構築については、先ほどお話されたような羅針盤に基づき、どのように進めたのでしょうか。
大川 オムロンヘルスケアの事業運営は日本チーム、中国チーム、米国チームなど、エリアごとのチームがそれぞれ社長直轄で機能し、マーケティングやコミュニケーションを自由に行っていた状況でした。それによって、社として発信するメッセージにばらつきがあったため、前社長の先導で2019年からブランド・アイデンティティの統一プロジェクトが始まりました。同時に、ヘルスケアとしても長期のビジョンを設定することになり、「Going for ZERO 予防医療で世界を健康に」をキーワードに、予防医療・健康産業に注力する考えを強く発信しました。

ブランド再構築を主導するグローバルコミュニケーション推進部を設立し、その下に広報部とブランドデザイン部を置き、さらにブランディングを専門とする外部パートナーの協力体制を築きました。経営戦略と連動したブランド・アイデンティティとデザインの検証・設定、ヒアリングや意見交換によるブランドの共有、各エリアのプランニングと実装を推進しました。
その過程では、3C分析や社会性分析、グローバルな合同ワークショップを相当数行い、選択肢が多様化した顧客の動向や競合の台頭を明らかにしたほか、ブランド認知度向上、グローバルレベルでの一貫したブランド教育、各エリアで重複していた業務の効率化、統一的なブランドガイドラインの策定、ブランドアセットの共有などの必要性・課題を抽出していきました。
小倉 最初の段階で定義づくりにかなり注力されたと思いますが、業務効率化やプロセス設計といった課題まで網羅されているのが興味深いです。こういったことまで議論されたのですか。
大川 そうですね。グローバルコミュニケーション推進部が各エリアの現場まで降りてきて、大小さまざまなレベルで細かく議論しながら、ブランドガイドラインをつくり込んでいきました。各国、各エリアの主張の強さがあり、決議をとるのに混沌としましたが、ポイントは、常に経営陣が絡んでいたことだと思います。方向性を示したのも前の社長ですし、必要なアクションプランや体制について、経営陣が期待する効果と常に議論・すり合わせをしながら、時間をかけて協議しました。
小倉 ばらつきがあったビジュアルを、一貫したコミュニケーションに落とし込んでいくのは大変だったのではないでしょうか。
大川 先ほど示したように、オムロンヘルスケアとしては同じ会社であっても、世界百数十ヵ国でかなり自由なコミュニケーションを展開していました。タッチポイントを横断する包括的なデザイン原則をディテールレベルで検証・開発し、オムロンのイメージカラーである青の濃淡、部分的に使う赤など、カラーコードにこだわりました。各国との意識合わせにかなり時間を要しましたが、結果として、オムロンヘルスケアのブランド・アイデンティティとデザイン統一の経験は、オムロングループ全体としても大きな学びになったと思います。グループ全体ではまだ、このレベルまで統一されていないのですが、大きな関心を寄せられています。




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