B2Bアジェンダ2025レポート #04
NVIDIA、JTBに聞く「マーケティング組織が価値創造の旗振り役を担うための基盤」とは?【B2Bアジェンダ2025レポート】
ブレイン1・ブレイン2
東海林 ありがとうございます。事業創造に寄り添う戦略マーケティングの新しい形ですね。初期はCEOに「売上を問わない」と言われたとのことですが、井﨑さんの活動の指標はどこに置かれていたんでしょうか。
井﨑 じつは、Jensenには今でも「お前の仕事はPO(発注書)をもらわないことだ」と言われます。一方で、COOには当然、売上のことを聞かれるので、なかなか難しいのですが……。要は「顧客にGPUを売る」と言っても、顧客はべつにGPUが欲しいのではなく、GPUを活用した先に実現したい「何か」があるわけです。Jensenがいつも私たちに言うのは「ブレイン1とブレイン2の両方を持て」。ブレイン1では売上を、ブレイン2ではお客さまの事業を加速して実践するためにどう支援するかを考えろ、ということです。
顧客のワークを、どうすれば私たちのソフトウェアで加速できるか。それを提案できるようになるには、まず本音で話してもらえるトラステッドパートナー(信頼できるパートナー)になる必要があります。「この人、売り込みに来るな」と警戒されたら、本当の悩みを話してもらえません。ブレイン2を活用してお客さまに信用されるパートナーになり、回り回ってGPUが売れる。なかなか簡単にはいきませんが、Jensenの「売るな」というのは、そういう意味だと捉えています。
東海林 数字はきちんと見る。けれどブレイン2で市場を広げるための発想を広げる、というのが非常に面白いですね。藤原さん、いかがですか?
藤原 本当に取り入れたいですね。ブレイン1と2。このバランスがやはり経営には必要というのは、日々、自分にも言い聞かせているところです。
意思決定のカギとなる「淡い感情」
東海林 もっと掘り下げたいところですが、次に「価値創造するときの武器って何?」というテーマでお伺いします。今のお二人の話を聞いて、社内にしろ、経営層にしろ、お客さまにしろ、「人の心を動かす瞬間はどこなのか」ということを考えさせられました。人の心を動かすための「武器」はなんだとお考えでしょうか。
藤原 事例としてイベントプロデュースの事業についてお話しさせていただきます。私たちが提供するサービスの価値は「お客さまの感情がどのように変わったか」に尽きると考えます。ビジネスニーズ(ビジネスの目的に沿っているか)・フィジカルニーズ(ストレスなくイベントに参加できる環境か)・エモーショナルニーズ(ココロを動かして行動変容を促せるか)の3つのニーズが重なる真ん中にフォーカスして、イベント体験をマネジメントしていくことが必要です。これまでJTBではイベントプロデュースを通じてこの体験設計に取り組んできましたが、最後の「エモーショナルニーズ」はどうしても感覚的になりがちで、理論化が難しいという課題がありました。
そこで導入したのが行動経済学です。『行動経済学が最強の学問である』(SBクリエイティブ、2023年)の著者、相良奈美香先生にご協力をいただき、行動経済学の理論を「JTBエンゲージメントフェスティバル」などのイベントに実装していきました。
たとえば初頭効果(受付で印象づけることで記憶に残りやすくする)、ポジティブ・アフェクト(FUN要素を散りばめることで意思決定や行動に影響を及ぼす)、情報オーバーロード(情報や選択肢が多すぎて結局何も選べない)の防止、システム1(直感的に伝わる工夫)、単純接触効果(何度も目に触れることで印象をアップ)…。エモーショナルな体験設計に行動経済学を実装したところ、商談率や当日の満足度がアップすることが確認できました。

人の感情は「喜怒哀楽」だけではないのです。相良先生によると、これらにはっきり区分けできない「無」からの微細な揺らぎである「淡い感情」こそが、実は膨大な意思決定に影響を与えています。行動経済学の知見を活用することで「淡い感情」をマネジメントし、行動につなげていくチャレンジに取り組んでいるところです。
東海林 社内外で活用できそうな理論ですね。井﨑さん、いかがですか。
井﨑 興味深く伺いました。「淡い感情」の活用は比較的、日本ならではという印象もありますが、海外でも進んでいるんでしょうか。
藤原 相良先生は米国を拠点に行動経済学を極められ、コンサルタントとして活躍されています。GAFAM含め米国の大企業も、行動経済学をビジネスに実装し始めているとのことです。
実際、私たちの生活や消費行動の中に、行動経済学は息づいています。明日の朝は早いのに、レコメンドされる動画を次々と見てしまうのも、行動経済学の理論で説明できます。「人の感情は非合理的なもの」と理解した上で、それをビジネスに生かしていくのが当たり前の時代が到来しつつあると感じています。
井﨑 生成AIが普及してくると、さまざまなサービスレベルが高度化した上で、均一化していきます。その中で新しいビジネスを生み出すのに、「感情」は大きな役割を果たすかもしれませんね。
AIは「人の代わり」ではなく「戦略のパートナー」
東海林 生成AIの台頭には不安を感じるマーケターも多いです。井﨑さんにはぜひ、「価値創造」においてAIにどのように向き合うべきなのか、お話しいただければと思います。
井﨑 AIの活用は、たいてい省人化や業務効率化から始まりますよね。ワークフローが短縮され、コストが下がること自体は良いことです。しかし、効率化を追求し続けるだけでは関与する「人」がいなくなり、成長余地が限定され、長期的には「縮小均衡」に陥ってしまうリスクがあることが見えてきました。どんどん価値創造していかなければ、マーケットサイズは縮小していってしまいます。
経営者が「人を減らしてAIを導入せよ」という場合、AIの本質を理解せず、「ツール」として見ている場合がほとんどです。このような動機で導入すると、現場の人はたいていAIに不安を抱き、AI活用に失敗すると「それ見たことか」となり、成長は止まります。導入する際は、まず現場に近い部署で小さく始めることがポイントです。データを使ってAIを使い、うまくいったら隣の部門も…とステップ・バイ・ステップで進めていくのが、実はすごく重要になります。
また、適当な質問をしてもAIはいい答えを出してくれません。プロンプトエンジニアリングをしっかり学んでいただくことも必要ですが、何より、目的をしっかり立てることです。そして生成されたアイデアを使ってプロット図をつくり、アジャイルでどんどん実践・改善していきます。
加えて、AIの答えに対して、しっかり人間がフィードバックするようにしてください。それによってAIは再学習し、次はもっと良い答えを出すようになります。このフィードバックのループは、特にマーケティングにおいて重要だと思っています。
AIは単なる「人の代わり」ではなく、人の発想を拡張するためのパートナーです。自分の代わりにAIに考えさせるのではなく、AIと一緒に考えていくことで、100人分の知識に同時にアクセスし、試せる時代になっています。プロンプトで良い問いを立てる、小さく早く試す、そして人の感性によって再学習させる。このループによって、マーケターはAIの「利用者」ではなく「創造的な判断者」となっていき、次の市場を創る存在になっていけると思います。

東海林 今、心が震えるお話を伺えた気がします。会場の皆さん、マーケティング活動でAIを使っている場合、効率化に使っていますか?それとも、アイデア拡張のほうに使っていますか?…(会場の挙手を見て)いい感じで分かれましたね。井﨑さんにお聞きしたいことはたくさんありそうですが、代表して藤原さん、お願いします。
藤原 ありがとうございます。実際のところ、AIの活用においては、経営層からはまずは業務効率化、省人化の指示が来る場合が多いのではないかと思います。
井﨑 初期のAI導入が効率化から入るのは自然なことだと思います。しかし、そのままでは先ほどお話ししたように縮小均衡に陥ってしまう。その意味ではやはり、経営層の意識改革が非常に重要です。AIを効率化のツールではなく、成長戦略にどのように効果的に結びつけられるか、経営者自身が考える必要があります。
海外では既に、経営者が率先してDXやAIに本気で向き合い、彼らのストーリーの中でさまざまな事業改革を行っている例が散見されます。よく事例として挙がるのはドミノ・ピザ、Netflixなどです。私たちが先年からディープラーニング協会をつくり、種々の資格試験をつくる活動を推進しているのも、AIの開発者や利用者を増やす目的もありますが、実は経営層に学んでほしいからです。経営者が本当にAIを理解して、現場と共通言語でAIを語れるようになれば、日本のビジネスは劇的に変わると思っています。
東海林 今回のカンファレンスでも、経営層とのアライメントの重要性はたびたび話題になりましたが、特にAIに関しては、理解が追いついていないケースはままあるということですね。
井﨑 そうですね。必要性を腹落ちできなければ、AIを成長戦略の根幹に据えるのは難しいと思いますが、AIの普及に伴い市場の参入障壁が下がる中で勝ち残るためには、「今はうまくいっているから」は、もはや通用しなくなるでしょう。
藤原 ゼロからイチをつくっていく経営戦略の中に、マーケターはどのように入っていったらいいとお考えですか?
井﨑 経営層の間である程度固まった経営戦略が、現場のマーケティングに細分化されて「落ちてくる」という実態が多いかもしれませんが、本当は、マーケティングと経営はワンチームであるべきだと思っています。少なくとも私が考えるエコシステムは、マーケティング活動なくしては成立しません。先ほどの『Wedge』のような発想は、私からは出てきませんから。
結局、経営層も「こういう市場のためにどういうアクションをとるか」を考える時に、マーケティングからのインプットが欲しいのです。もちろんこれには、マーケター側だけでなく、事業戦略をつくる側にも意識改革が必要ですが、会社の事業戦略にマーケティングから積極的に提案できる体制に変えていく。そして「ここはこうだから、こういう方法があるんじゃないか」と踏み込んでディスカッションし、ファインチューニング(追加学習)することで戦略を精緻化していく。そんな体制が、これからますます重要になってくると思います。
東海林 そこにAIも入ってくるわけですね。ありがとうございます。
藤原さんが話してくださった「巻き込み」や、井﨑さんのお話を聞いて、事業成長においてマーケティングが価値を生み出すためには、自ら踏み出して他部署を巻き込み、行動していかなければならないと、あらためて考えさせられました。お二方、本日はありがとうございました。
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