マーケティングアジェンダ2026

ハイネケン・ジャパン マーケティング責任者が語る「ヤング・クリエイティブ・アジェンダ2026」課題提供の意義

 2026年6月2日から4日にかけて、沖縄県宜野湾市のラグナガーデンホテルで開催されたマーケティングカンファレンス「マーケティングアジェンダ2026(主催:ナノベーション)」。その会期中、若手クリエイターを対象とした企画コンペティション「ヤング・クリエイティブ・アジェンダ(YCA)」が実施された。

 今年6回目の開催を迎えた「ヤング・クリエイティブ・アジェンダ」の課題提供企業は、世界的ビールブランド「ハイネケン」を日本市場で展開するハイネケン・ジャパン。本稿では、同社 マーケティング部 ディレクターの須田 伸氏に、YCAへの課題提供を決めた背景やその狙い、そして企画に参加した若手クリエイターへのメッセージを聞いた。
 

若手クリエイターに「挑戦しがいのあるグラウンド」を提供したい


― 「ヤング・クリエイティブ・アジェンダ(以下、YCA)」課題提供に至った背景には、どのような思いがあったのでしょうか。

まず率直に、お声がけいただいて非常に光栄に思いました。YCAは、予め細かい規定を設けすぎず、行間や余白を含めて主催者や審査員とともにつくり上げることができるコンペティションだと理解していました。そうした柔軟性のある企画だからこそ、参加されるクリエイターにとって取り組みがいのある課題を提供できるのではないかと感じ、実現に向けてAPACのコミュニケーションチームに強く働きかけました。

また、「ハイネケン」というブランドを課題として提示することにも大きな意義があると感じました。ハイネケンはUSP(ユニークセリングポイント)がひとつに定まるブランドではなく、さまざまなアイデアを受け止められる懐の深さがあります。若手クリエイターの皆さんにとって発想を広げやすい題材、「挑戦しがいのあるグラウンド」になり得るという感覚がありました。私の目から見ても、ハイネケンは面白いブランドだと思います。
 
須田 伸 氏
ハイネケン・ジャパン
Marketing Director

大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。博報堂制作局にてCMプランナー/コピーライターとして様々な業種の広告キャンペーンに携わった後、Yahoo! Japan、サイバーエージェント、Facebook Japan、Bacardi Japan、Amazon Japanを経て、2023年よりハイネケン・ジャパンに勤務。世界No.1ノンアルコールビール、ハイネケンゼロゼロの日本導入や、世界一退屈なスマホBoring Phone/Boring Modeの日本導入等を手掛ける。

― ハイネケンはカンヌライオンズの受賞常連ブランドで、2025年はメディア部門ゴールドを含む27のライオン(賞)を獲得しました。クリエイティブへの理解が深いブランドという印象がありますが、須田さんが考える「ハイネケンブランドの面白さ」とはどのような点にあるのでしょうか。

まず、「ビール」というカテゴリ自体の面白さがあります。消費財の中でも、必ずしも日々の暮らしに不可欠なものではない分、機能だけで競争するカテゴリーではありません。もちろん、どのメーカーも、口に入れるものとしての安全性や品質、原料へのこだわりは大前提として追求していますが、「この洗剤を使うと、白さが何%上がります」といったように、スペックを正面から訴求するカテゴリとは少し性質が違う。どちらかというと、気分やシーンに寄り添う要素が強い商品だと思っています。

絶対に必要なものではないからこそ、選択の中に“遊び”が生まれる。アイデアを考える立場からすると、特定の機能や強みだけを起点にしなければならないカテゴリーではないことは、大きな魅力ではないかと思います。

加えて、ハイネケンというブランドは、長年にわたってコミュニケーションを非常に大事にしてきました。広告に限らず、人との関係性や体験を通じてブランドを広げていくことが、ハイネケンの歴史そのものだと言ってもいいと思います。消費者から愛され続けてきた背景には、真摯な商品づくりと同時に、コミュニケーションを通じてブランドを育ててきた積み重ねがあります。

様々な訴求軸が考えられるカテゴリとしての特徴と、コミュニケーションを重んじてきたブランドとしての特徴、この2つを兼ね備えるからこそ、YCAの課題としてもフィットする可能性が高いと考えました。
 

「表現」に留まらない、マーケターとクリエイターの交差点


― YCAは「マーケターとクリエイターの出会いの創出」をコンセプトに、クリエイターが考えたアイデアをマーケターが評価する形式を取っています。元々クリエイターとしてキャリアをスタートし、現在はマーケターとして活躍されている須田さんは、クリエイティブやクリエイターとどのように向き合うべきだとお考えでしょうか。

私は、博報堂のCMプランナーとしてキャリアをスタートしました。8年間にわたって作り手として現場に立ってきたので、いわゆる「表現」としてのクリエイティブに対する期待値は、現在もかなり高いと思います。

一方で、当時と今とでは、クリエイティブの前提条件が大きく変わりました。私が現役だった1990年代は、テレビ、新聞、雑誌、ラジオなどプラットフォームが比較的固定されていて、その枠の中で表現を競う世界でした。しかし2000年代以降はPRや口コミなど、ペイドメディア以外の話題喚起も重要になってきています。依然として表現は重要な要素のひとつですが、商品やブランドを選んでもらい、好きになってもらい、継続的に支持してもらうまでのプロセスを考えると、「どんな文脈で商品が提示され、どんな体験として記憶に残り、どんな価格・場所で手に取られるのか」という全体の設計の中に、クリエイティブが位置づけられている必要があると思います。その意味で、マーケティングとクリエイティブの境界線は、以前よりもずっと淡くなり、重なり合ってきていると言えるでしょう。

ブリーフにおいても、最近は「15秒CMをつくってください」といった具合に明確にフォーマットを指定するよりも、全体のコンセプトや年間テーマ、強化したいパーセプションなどを共有した上で、メディアやフォーマットを決めきっていないところから一緒に考えていくようなブリーフが増えてきているように思います。

それは決してハイネケンだけではなく、さまざまな広告主・広告会社のプロジェクトの現場で起こっているはず。「表現の職人」ではなく、メディアプランニングも含めた全体像を考えられるクリエイターにとっては、よりやりがいを感じられる時代になったと思います。

― 「考える幅」が広がっているということですよね。クリエイターに求められることが以前より高度になってきているとも言える気がします。‟クリエイティブパートナー”という言い方がよくされますが、クリエイティブの観点から、マーケターや事業会社側を支える“マーケティングパートナー”という役割のニュアンスが、強くなってきているようにも感じます。

そうですね。ビールメーカーに限らず多くの事業会社が「データドリブン」を推進しようとする流れの中で、どうしても「1+1=2」のように、過去の延長線上で発想や意思決定をしがちです。でも、時には「こんなことができないだろうか?」という非連続のアイデアが必要で、それは外部のクリエイターとのコミュニケーションを通じてインスパイアされることが少なくありません。

一方、私自身もクリエイター側の立場にいたので、自由に発想してもらうことの大切さはよく分かっていますが、最初から実現できないと分かっている方向に走ってしまうと、お互いに時間も労力も無駄になりかねません。だからこそ、「ここは守ってくださいね」というブリーフの柱は、意識したいと思っています。クリエイターが何に喜びを感じ、何にがっかりするのかは、ある程度分かっているつもりなので、そこは自分の経験を活かしていきたいですね。 

―マーケティングとクリエイティブの連携に関して、お持ちの課題意識はありますか。

マーケティング側については、「ブリーフしたら自動的にアイデアが出てくる」と思ってしまっている人が一定数いることです。

いいアイデアは、広告主・事業会社側と、それを受け取って考えるクリエイターとの間のキャッチボールの中から生まれてくるもの。たとえば、アイデアが出てきたときに、「それはいいですね」「可能性がありますね」ときちんと勇気づけることも大事ですし、「発想はすごくいいけれど、ここはこっちの方向にチューニングしてください」といった適切なディレクションも不可欠です。そうしたコミュニケーションを重ねることで、アイデアは磨かれていくものだと意識する必要があると思います。

クリエイティブ側については、解決すべき課題そのものが、以前よりずっと複雑になっていると思います。かつてのように、テレビCMを打てば多くの人の目に触れて反応が得られる、という時代ではありません。プラットフォームも多様化し、消費者の状況や関心も常に変化している。1年前に通用していたやり方が、今はもうワークしないということも珍しくありません。

企業・ブランドの課題設定、消費者・顧客理解、メッセージの開発、メディアや手法の選定…コアとなるアイデアを軸に、全体をいかにオーケストレーションしていくか。マーケターもクリエイターも、より広い視野と多角的な視点で全体を設計する姿勢とスキルが、これまで以上に求められていると感じます。
 

YCAという「場」を使い切った経験は必ず今後につながる


―普段のお仕事の中で、若手クリエイターと意識的に関わったり、新たな才能を発掘したりする機会はありますか。

正直に言うと、直近で「若手発掘」を目的に何かをしているかといえば、胸を張って言える状況ではないのですが、若手/ベテランという軸でクリエイターを見るというよりは、「自分たちがやりたい企画にとって誰がベストか」という視点で考えることが多いですね。結果として、パートナーが若手になることもあれば、そうでないこともあります。

一方で、若いクリエイターの方は、過去の成功体験や前例に必ずしも縛られていない分、一緒に仕事をするときに刺激を受けることが多いのも事実です。自分自身、どうしてもこれまでの経験やバイアスを持ってしまっている。これは強みでもありますが、同時に弱みでもあるのです。

だからこそ、「これは違うな」と思う企画を提案いただいた際にも、最初から切り捨てるのではなく、「なぜこのアイデアを面白いと思ったのか」「どういう視点から出てきた発想なのか」を、一度きちんと聞くよう意識しています。

― YCA2026を終えて、参加したクリエイターの皆さんにメッセージをお願いします。

YCAは、ハイネケンが何かを「提供する」というよりも、ナノベーションを含めて、挑戦するための「場」だと思っています。同じ世代の参加者と向き合い、限られた時間の中でアイデアを出し、評価を受ける。そのプロセス自体に、大きな価値があると改めて感じました。

私自身、博報堂在籍時の1998年に、日本代表チームの一員としてヤングカンヌに参加した経験があります。結果として受賞には至りませんでしたが、限られた時間の中で、本気でアイデアを考え、競い合った経験は、20年以上経った今でもはっきりと覚えています。

もちろん、受賞できればそれは素晴らしいことです。でも、仮に結果が伴わなかったとしても、その悔しさや納得感も含めて、必ずその後の仕事に生きてくるはずです。少なくとも、私自身はそうでした。

だからこそ、今回参加された皆さんにも、「この機会を最後まで使い切ろう」という気持ちで臨んでいただけたら嬉しいです。実際に参加者の皆さんのプレゼンテーションからは、その熱量や真剣さが伝わってきましたし、この経験はきっとそれぞれの次の挑戦につながっていくのではないかと思います。

もうひとつお伝えしたいのは、クリエイターの方にはぜひ「アイデアの強さ」だけでなく、「なぜそのアイデアが、今このタイミングでこのブランドにとって意味があるのか」を言葉にする視点も持ち続けてほしいということです。

特に大きなブランドほど、多くの部署や関係者が関わります。営業、流通、ファイナンスなど、それぞれの立場から問いが投げかけられる。その中でマーケティングは、事業全体を動かし、投資に対するリターンを生み出していく役割を担っています。その文脈の中で、クリエイティブがどう意味を持つのかを考えられると、アイデアはより強くなると思います。

最終的に社内に説明する言葉を考えるのはマーケターの役割ですが、その過程で、アイデアを考えるクリエイティブパートナーとそうした視点も含めて会話ができると、とても心強いと思います。「これって、もしかするとこういうメリットもあるかもしれませんよね」といった一言に、私自身が刺激を受けることは少なくありません。

今回のYCAでも、アイデアだけでなく、その意味や広がりまで一緒に考えていけそうなパートナーとの出会いがありました。こうしたつながりが、この先の新しい挑戦へと発展していくことを期待しています。
    

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