マーケティングアジェンダ2026
グローバルブランドの“箱入り息子”をどう育てるか──ハイネケン・ジャパンのマーケティング戦略
2026/07/08
オランダ発のプレミアムビールブランドとして、世界190以上の国と地域で親しまれているハイネケン。日本でもその名は広く知られており、音楽イベントやスポーツ観戦、旅先などで楽しんだ経験を持つ人も多いだろう。
しかし一方で、「日常的に選ばれるビール」として日本の消費者の生活に入り込めているかと問われると、まだ伸びしろは大きい。この“知っている”と“日常で選ぶ”の間にある距離を、ブランドとしてどう捉え、どう埋めていくのか。
本記事では、ハイネケン・ジャパン マーケティング部 ディレクターの須田 伸氏に、国内でのマーケティング活動をどのような裁量と思想のもとで設計しているのかを聞いた。グローバルブランドとしての制約と向き合いながらの実践に加え、AIやデータ活用を含めた、今後のマーケティングの考え方にも迫る。
しかし一方で、「日常的に選ばれるビール」として日本の消費者の生活に入り込めているかと問われると、まだ伸びしろは大きい。この“知っている”と“日常で選ぶ”の間にある距離を、ブランドとしてどう捉え、どう埋めていくのか。
本記事では、ハイネケン・ジャパン マーケティング部 ディレクターの須田 伸氏に、国内でのマーケティング活動をどのような裁量と思想のもとで設計しているのかを聞いた。グローバルブランドとしての制約と向き合いながらの実践に加え、AIやデータ活用を含めた、今後のマーケティングの考え方にも迫る。
強いガバナンスのもとで日本が担う“翻訳”の役割
— 2023年4月にハイネケン社の完全子会社として設立されたハイネケン・ジャパンですが、マーケティングの裁量はどの程度あるのでしょうか。どこまでがグローバルの管轄で、どこからがローカルの判断になるのか、教えてください。
まず前提として、日本で取り扱う商品は、基本的に「ハイネケン」とノンアルコールビールの「ハイネケン0.0(ゼロゼロ)」の2つに限られています。缶や瓶といったパッケージの違いはありますが、商品ラインとしては非常にシンプルです。
一方で、グローバル全体で見ると、ハイネケン社は340以上のブランドを展開しています。その中で「ハイネケン」は、会社の根幹を成す最も重要なブランドで、いわば“箱入り息子”や“箱入り娘”のような存在です。そのため、大きなコミュニケーション方針だけでなく、店頭での展開など戦術的なレベルまで、グローバルと共有しています。
承認のプロセスも、単発の確認作業ではなく、ビジネスサイクルの一部として組み込まれているので、自由度という観点で言えば、ガバナンスの強いブランドだと理解していただいていいと思います。
ただし、自由度が低いからといって、ローカル独自には何もやらなくていいというわけではありません。150年以上にわたってハイネケンが世界中で愛されてきた背景には、それぞれのマーケットにおいて、それぞれの形で受け入れられてきた歴史があります。ローカルでの取り組みは、むしろグローバルから期待されている部分でもあります。
重要なのは、ガバナンスが効いている中でどう動くかです。グローバルが用意しているブランドの方向性やコミュニケーションを前提にしつつ、日本の生活シーンや売り場でどこが噛み合いにくいのか、どこに補足や調整が必要なのかを具体的に説明できれば、日本としての裁量は一定認められます。
— 各ローカルのマーケターには、その市場の事情や特徴を誰よりも深く理解し、グローバルに説明する役割が求められている、ということですね。
そうですね。例えば、何か国際的なニュースがあったとき、「その出来事が日本の消費者心理やビジネスにどう影響しそうか」と尋ねられることがあります。数字や一般的な情報だけでは読み取れない、日本ならではの受け止め方や社会的な空気感を、ローカルの視点で補足して説明することが求められるのです。
そのうえで、グローバルブランドとして世界共通でコーディネートしていくこととのバランスをどう取るか。これは多くのグローバルブランドに共通するテーマだと思います。
須田 伸 氏
ハイネケン・ジャパン
Marketing Director
大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。博報堂制作局にてCMプランナー/コピーライターとして様々な業種の広告キャンペーンに携わった後、Yahoo! Japan、サイバーエージェント、Facebook Japan、Bacardi Japan、Amazon Japanを経て、2023年よりハイネケン・ジャパンに勤務。世界No.1ノンアルコールビール、ハイネケンゼロゼロの日本導入や、世界一退屈なスマホBoring Phone/Boring Modeの日本導入等を手掛ける。
ハイネケン・ジャパン
Marketing Director
大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。博報堂制作局にてCMプランナー/コピーライターとして様々な業種の広告キャンペーンに携わった後、Yahoo! Japan、サイバーエージェント、Facebook Japan、Bacardi Japan、Amazon Japanを経て、2023年よりハイネケン・ジャパンに勤務。世界No.1ノンアルコールビール、ハイネケンゼロゼロの日本導入や、世界一退屈なスマホBoring Phone/Boring Modeの日本導入等を手掛ける。
— マーケティングの4Pでいうと、日本としてはどの領域まで関与できるのでしょうか。
4P全体として見れば、一定の裁量はあります。ただし、新商品開発については、日本独自で何かを作るというよりも、すでに存在しているプロダクトの中から、日本に適したものを展開していくほうが現実的です。ハイネケンブランドで新しく何かを開発する取り組みは、どうしても長期的な検討になります。
一方で、プライシングやプロモーション、流通といった領域については、ローカルの判断が大きく反映されます。グローバルとしての大枠のポジショニングはありますが、日本の市場環境や競合状況、流通構造を踏まえて、どの価格帯や売り方が最適かを設計するのはローカルの役割です。
— グローバルブランドの場合、日本支社では販売のみを担っているケースも少なくありません。その点、ハイネケンは日本が関与できる領域が広い印象です。
それはハイネケンだからというより、日本のマーケットがイノベーティブだから、という側面が大きいと思います。
日本の消費財は、プロダクト開発やパッケージ表現のイノベーション力が高く、世界的にも注目されています。実際、他のマーケットのメンバーから「最近、日本で話題になっている商品を教えてほしい」といったリクエストを受けることもあります。
ハイネケンの中で日本は決して大きなマーケットではありませんが、ユニークな市場として一定のリスペクトを持って見られている。その前提があるからこそ、ローカルからの提案にも耳を傾けてもらえるのだと思います。
「知っている」ブランドを日常の選択肢に変える
— 現在、日本におけるマーケティングは、どのような点に注力されているのでしょうか。
現在の大きなテーマは、ハイネケンを「知っている」ブランドから、「日常の選択肢として選ばれる」ブランドへと、どう橋渡ししていくかにあります。音楽イベントやクラブ、旅先などで飲んだ経験を持つ人は多いですが、日々の買い物の中で自然に手に取られているかというと、まだ距離があるのが実情です。
だからこそ、いま僕らが向き合っているのは単に認知を広げることではありません。「おなじみのブランドであり、自分の生活にも関係がある存在」として、ハイネケンをどう位置づけ直していくかを考えています。日本の生活シーンの中で、インターナショナルなフレーバーを持つプレミアムビールとして、どんな場面で、どんな理由で選ばれるのか。そうした“選ばれ方”を具体的に描いていくことが、いまのマーケティングの軸になっています。
その実装の場として重要になるのが、ポイント・オブ・パーチェス、つまり購入の現場である店頭です。限られたマーケティング予算の中で、店頭においても商品の背景やストーリーがきちんと伝わる仕掛けづくりが欠かせません。
お酒の専門店であれば、ある程度スペースも確保されており、比較的コミュニケーションを設計しやすいですが、スーパーやコンビニでは売り場の制約が大きく、競争も激しいため、簡単ではありません。それでも店頭でのコミュニケーションは、中長期で向き合うべき重要なテーマだと捉えています。
— より具体的に言うと、リテールメディアなどにも注目されているのでしょうか。
そうですね。最終的には、店頭そのものがコミュニケーションの場として機能することが理想です。ただ、店頭だけで完結させようとすると、どうしても限界があります。そのため、事前に空気感をつくることも重要になります。エンドユーザーだけでなく、売り場をつくる小売や流通の現場に対しても、「ハイネケンをきちんと扱いたい」「売り場として面白い提案ができそうだ」と感じてもらえる状態をどうつくるか。いわゆるBtoBtoCの視点で、全体を設計しています。
流通は、私たちにとって重要なパートナーであり、同時に彼ら自身も集客や売り場づくりに課題を抱えています。その中で、ハイネケンというブランドが持つ文脈が、単にビールが売れるだけでなく、売り場全体の価値につながる。そうしたシナリオを、セールスと連携しながら描いていくことも、マーケティングの重要な役割だと考えています。
ブランドに「人」を置く──ハイネケン0.0のローンチから得た手応え
— ハイネケンは、世界的に「クリエイティブへの理解が深いブランド」として知られていますが、日本においてはどうでしょうか。他国と比べたときの特徴があれば教えてください。
ハイネケン・ジャパンは、もともと1980年代からキリンビールとの合弁という形で事業を行ってきました。現在の体制になったのは2023年で、まだ数年しか経っていません。合弁時代は、キリンビールのポートフォリオの中で「外国ビールのひとつ」として位置づけられていましたが、現在は、ハイネケンというブランドを日本でどう成立させ、どう育てていくかを主体的に考える立場に変わっています。
そうした中で意識しているのが、グローバルのハイネケンがバックボーンとして持っている 「消費者とのコミュニケーションは、面白くなければ意味がない」という考え方を、日本の市場や文化の中でどう翻訳し、伝えていくかという点です。この姿勢そのものが、いまの日本におけるクリエイティブの前提になっています。
もっとも、日本におけるクリエイティブの“正解”がすでに見えているわけではありません。グローバルブランドとしての一貫性を保ちながら、ローカルならではの表現や関係性をどう築いていくのか。そのバランスを探る試行錯誤は、いまも続いています。
ハイネケンファミリーの中には、たとえばメキシコ生まれの「テカテ」のように、地域の文化や社会的文脈を強く取り込みながら、独自の表現で評価を高めているブランドもあります。そうした事例を見ると、日本からも、他国から注目されるような独自の取り組みが生まれる余地は十分にあると感じています。
— そうした試行錯誤の中で、ハイネケン・ジャパン発足からの3年間で、特に手応えを感じた施策があれば教えてください。
印象に残っているのは、「ハイネケン0.0」を日本でローンチした際の取り組みです。2023年の秋、アムステルダムからハイネケンのマスターブリュワーに来日してもらいました。
日本には、「職人」や「作り手」に価値を見出す文化があります。伝統的な製法や技術を守り続ける人、その思想そのものに敬意を払う感覚です。ハイネケンにも、ビールの味や品質、製法を最終的に守る責任者として「マスターブリュワー」という役職があります。日本酒で言えば杜氏に近い存在で、単なる技術者ではなく、ブランドの歴史や哲学を体現する“作り手の顔”でもあります。
その存在を前面に出すことで、ハイネケンというブランドに“人”の気配を持たせられるのではないか。そう考えて、この施策を設計しました。
実際、来日をきっかけにメディア露出も広がり、ローンチのタイミングでは『WBS(ワールドビジネスサテライト)』でも取り上げられました。広告や店頭施策だけでなく、「なぜこの商品が生まれたのか」「誰が、どんな思想で作っているのか」という背景を丁寧に設計したことで、生活者の関心に入り込む入口をつくることができたと感じています。
ハイネケンは名前の認知度が高い一方で、作り手の顔が見えにくいブランドでもありました。そこに“人”を置くことで、消費者とブランドとの距離を縮められた。この経験は、日本におけるマーケティングを考えるうえで、ひとつの手応えとして残っています。
テクノロジーとデータは、マーケターの判断を代替するものではない
— 最後に、AIをはじめとした先進テクノロジーやデータ活用について伺います。マーケターとして、こうしたものとどのように向き合っていますか。
個人的には、テクノロジーはとても好きですね。キャリアの中で長くテックカンパニーに身を置いてきたこともあり、AIに限らず、新しい技術が出てくること自体にワクワクします。
一方で、どんなテクノロジーも登場した直後には、必ず賛否が起こります。過去を振り返っても、Googleのストリートビューが出たときにはプライバシーに関する議論がありましたし、SNSも当初は強い反発を受けました。AIは今、そうした過渡期にあると感じています。
ハイネケンとしては、AI活用には前向きです。ただし、慎重になりすぎる必要はありませんが、無制限に使うのではなく、一定のガードレールを設けたうえで、きちんと向き合う。その前提で、これからも活用していく方針です。
データについても同様です。意思決定を「個人の感触」だけで語ることは減り、常にデータが求められる時代になりました。ただ、データはあくまで「現時点のスナップショット」にすぎません。そこには映っていない要素や、これから起こり得る変化が必ず存在します。
だからこそ重要なのは、データを鵜呑みにすることでも、無視することでもなく、「いまのデータでは何が見えていないのか」「どんな前提や仮説が置かれているのか」を考え、その先のシナリオを描くことだと思っています。
AIやデータは、判断を代替するものではなく、判断の質を高めるための材料です。その材料をどう解釈し、どう使いこなすか。そこにこそ、これからのマーケターに求められる役割があるのではないでしょうか。
面白い変化が起きているところには、必ずオポチュニティがあります。せっかくなら、楽しみながら向き合っていきたいですね。




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