マーケティングアジェンダ東京2025レポート #01

味の素、Jリーグ、音部大輔氏と考える「AI時代の市場創造」【マーケティングアジェンダ東京2025レポート】

 日本最高峰のマーケティングカンファレンス「マーケティングアジェンダ東京」(主催:ナノベーション)が2025年11月26~27日、東京都新宿区の新宿住友ホールで開催された。テーマは同年5月に沖縄で開催した「マーケティングアジェンダ2025」に引き続き「AIは市場を創造するのか?」。ブランド企業のトップマーケター250人以上が一堂に会し、AIとの共創が深まる現在と未来におけるマーケティングの役割を多角的に議論した。

 2日目に行われたキーノート#3のテーマは、カンファレンスの本丸とも呼ぶべき「AI時代の市場創造 AIの知能とマーケターの知能をどう使い分けるか」。味の素 執行役常務 食品事業本部副事業本部長 兼 マーケティングデザインセンター長の岡本達也氏と、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)執行役員(事業マーケティング事業担当)事業マーケティング事業本部 本部長の鈴木章吾氏が登壇し、P&Gや資生堂など数々の企業でビジネス伸長を実現してきたクー・マーケティング・カンパニーの音部大輔氏がモデレーターを務め、AIによる効率化・最適化が進む世界でマーケターが発揮すべき「知能」、そして取り組むべき「市場創造」について、AI活用を積極的に進める2社の事例から考察した。(肩書き・データは登壇当時のもの)
 

AIと人間の「知能」の違いは


音部 クー・マーケティング・カンパニーの音部です。P&Gでキャリアをスタートし、MBAや経営学博士号を取得しながら、複数の企業を経験しました。現在はマーケティング戦略の立案やブランドホロタイプ・モデル、パーセプションフロー・モデルの導入支援、組織構築などを行っています。本日は「AI時代の市場創造 ― AIの知能とマーケターの知能をどう使い分けるか」をテーマに、味の素の岡本さんとJリーグの鈴木さんをお迎えしています。まずはお二人から自己紹介をお願いします。

岡本 味の素の岡本です。1996年頃から商品開発やマーケティングに携わり、冷凍食品をはじめとするさまざまな商品のプロダクトマネジメントを担当してきました。現在は社内にマーケティングデザインセンターを立ち上げ、そのセンター長を務めています。

鈴木 Jリーグの鈴木です。日本生活協同組合連合会でキャリアをスタートし、その後はキリンホールディングスなどで、BtoC向けのマーケティングやプロモーションを担当しました。2022年にJリーグにジョインし、現在は集客施策やグッズ・MDライセンス事業、システム、デジタルプラットフォームなど、toC領域全体を統括しています。

音部 お二人にお話を伺う前に、マーケティングの役割、市場創造、そして人間の知能とAIの知能に関して、私自身の考えを共有したいと思います。モデレーターがそこまで話すのか、と思われるかもしれませんが、議論の土台を整える準備だとご理解ください。

マーケティングにはさまざまな定義がありますが、今日は「役割」という観点から考えてみます。皆さんの中には、営業支援の一部と捉える方もいれば、認知獲得、商品開発、リード獲得が役割だと考える人もいるかもしれません。どれも間違ってはいませんが、マーケティングの役割はそれだけではありません。

有名なたとえ話があります。レンガを積んでいる職人に「何をしているんですか」と尋ねると、「見ての通り、レンガを積んでいるんです」と答えます。親方は「壁をつくっています」と言い、現場監督は「末代まで街の誇りとなる大聖堂を建てています」と答える。同じ行為でも、立場によって見えているものは異なるという話です。

では、マーケティングとは何でしょうか。私は、マーケティングの本質は「活動を通じて新しい市場を創造する、あるいは既存市場を再創造すること」にあると考えています。その市場創造・再創造が起こるのは「良い商品の定義」が変わる瞬間です。
 
クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役
音部 大輔 氏

17年間の日米P&Gを経て、欧州系消費財メーカーや資生堂などで、マーケティング担当副社長やCMOとしてビジネスの回復・伸長やマーケティング組織強化を主導。2018年、Coup Marketing Company 設立。家電、化粧品、食品、輸送機器、広告会社など、国内外の多様なクライアントにマーケティング組織強化やブランド戦略などを支援。近年は、マーケティング、ブランド戦略に加えて、AIや採用を軸にした登壇、企業支援も多数手がけている。
博士(経営学 神戸大学)。日本マーケティング本大賞2022の大賞受賞『The Art of Marketingマーケティングの技法』や、日本マーケティング本大賞2025の準大賞受賞『君は戦略を立てることができるか 視点と考え方を実感する4時間』など著書多数。

自家用車を例に挙げると、「家族で出かけるために良い車が欲しい」というニーズそのものは、時代が変わっても普遍的です。しかし、「何をもって良い車とするか」という評価基準は、時代とともに変化してきました。

1990年代は、静粛性や乗り心地の良さが重要と考えられ、セダン型が「良い車」の典型とされました。しかし2000年代になると「モノより思い出。」を掲げた日産・セレナや、「こどもといっしょにどこいこう。」と訴求したホンダ・ステップワゴンのように、家族で過ごす時間や体験そのものに価値を置くミニバンが支持を集め、「良い車」の代表格になっていきます。

さらに2010年頃には、家計への負担や環境への配慮が重視され、ハイブリッド車や軽自動車が選ばれるようになります。そして近年では、車を所有することよりも、必要な時に便利かつスマートに移動できることへと価値の比重が移り、カーシェアや自動運転といった新たな選択肢も台頭しています。

このように、「良い車」を決める評価基準の第1位は、時代とともに変遷してきているのです。
  

こうした順位の逆転が起こる時には、おそらく消費者にとって「何が重要か」という属性の優先順位が転換しています。良い車、良い化粧品、良い洗剤。皆さんが関わっている市場でも確認してみてください。

このように捉えると、マーケティングの基本的な役割のひとつは、「良い商品の定義を変えていくこと」にあると言えます。マーケターには、消費者や社会の変化を読み取り、認知獲得や商品開発、営業支援といったさまざまな機能を駆使しながら、「良い商品」の定義を変え、新しい市場を創造・提案していくことが求められます。

ここまでを予備知識として、もうひとつ、本日は「知能」と「AI」についてもお話しさせていただきます。

『知能とはなにか ヒトとAIのあいだ』(講談社)という刺激的な本があります。著者で物理学者の田口善弘氏によると、知能とは「世界シミュレーター」、つまり「認識の中で世界を再構築する能力」です。頭の中に世界のモデルをつくることで、私たちはこれから何が起こるのかを予測し、目の前の出来事を理解し、さらには自分が望む未来を実現するために世界へ働きかけることが可能になります。

たとえば私は「クリッカーを押せば、次のスライドが映る」という世界を頭の中に構築しているからこそ、迷わずクリッカーを押せるわけです。知能とは、限られた情報からその背後にある世界を推測し、「1を聞いて10を知る」力、あるいは「1から10を再構築する」力だと言い換えることもできるでしょう。

そんな知能を人間が発揮するには、経験が重要な役割を果たします。私たちはさまざまな経験を積み、その蓄積をもとに世界を理解し、予測します。一方で、経験の蓄積はバイアスも生みます。バイアスという言葉は悪い意味で使われることが多いですが、見方を変えれば、それは経験を蓄積する過程で生まれる副産物でもあります。

一方、AIはどうでしょう。AIの知能は、膨大な知識や多様な情報に広範かつ高速にアクセスし、それらを組み合わせることができます。人間のように一つひとつの物事を自ら経験し、その経験を長い時間をかけて蓄積しなくても、知識を利用できるという特徴があります。

その意味では、人間の判断に生じる「個人の経験の蓄積に由来するバイアス」とは異なる性質を持っています。もちろんAIにも、学習データやモデルの設計などに由来するバイアスは存在するでしょう。しかし、人間が自身の経験を通じて形成するバイアスとは、その生じ方が異なる。私は、AIの知能と人間の知能の根本的な違いは、ここにあるのではないかと考えています。

先ほど、マーケティングの役割は市場創造だと申し上げました。市場創造とは、単に過去の成功を再現することではありません。まだ存在していない価値を見出し、「良い商品」の定義を更新することで、過去の延長線上にない世界を構築することです。

そのためには、人間とAIの知能の根本的な違いを踏まえながら、両者をうまく組み合わせることが役立つかもしれません。本日はこのような前提を踏まえて、お二人にそれぞれの「AI時代の市場創造」をお伺いしたいと思います。では岡本さんから、お願いします。
 

冷凍ギョーザのインサイト


岡本 新しい価値を創造する上で、最初に取り組むべき最も重要な仕事は、インサイトを探りに行くことです。まだ満たされていないインサイトを見つけ、そこから提供価値の仮説を立て、具体的なアイデアを考えていく。今日は、当社の冷凍ギョーザを例にお話ししたいと思います。
 
味の素 執行役常務 食品事業本部副事業本部長兼マーケティングデザインセンター長
岡本 達也 氏

1987年味の素入社。味の素ダノン出向、1991年味の素復職後、営業部門を経て1996年から家庭用商品(「ほんだし®」、「Cook Do®」、「ピュアセレクト®マヨネーズ」、「クノール®カップスープ®」他)の開発・販売戦略などのマーケティング業務に従事。2014年味の素冷凍食品に出向。執行役員マーケティング本部家庭用事業部長着任後「ザ★®」シリーズを手掛ける。2019年味の素執行役員就任。2022年執行役常務食品事業本部副本部長就任。2023年4月にマーケティングデザインセンターを設立しマーケティングデザインセンター長兼任。

2014年に冷凍食品の事業に携わるようになった時、私は当社で一番売れている冷凍ギョーザについて、プロダクトマネージャーに「この商品の価値は何ですか」と尋ねました。すると口を揃えて「パリッとジューシーであること」と言います。でもそれは、他社さんの餃子にも当てはまるのではないか。それだけでは、なぜお客さまが当社の商品を選んでくださっているのかがわかりません。そこで、日頃からよく購入してくださっているお客さま10人ほどにデプスインタビューを行うことにしました。

その中で、ある共働きの方から「仕事からクタクタで帰宅した時に冷凍ギョーザを焼く」という声があがりました。フライパンできれいな円形に焼き上がったギョーザに皿でフタをして、ひっくり返して子どもたちの前にパッと出すと歓声が上がる。その瞬間、「生きていてよかったと思える」とおっしゃったのです。

たかがギョーザかもしれません。しかし、そのギョーザによって「生きていてよかった」とまで思ってもらえる。ここにインサイトがあると感じました。失敗することなく、簡単に羽つきギョーザをきれいに焼き上げることができる。その出来栄えを目にした時のシズル感や、食卓に生まれる感動、家族と共有する楽しさまで含めて、提供価値だと気づいたのです。

その価値をより多くのお客さまに楽しんでいただくために、2017年から開催したのが「ギョーザステーション」でした。JR両国駅の「幻のホーム」と呼ばれる3番ホームにコンロとフライパンを持ち込んで、ポップアップレストランを開いたのです。

特徴は、私たちがお客さまのためにギョーザを焼くのではなく、お客さま自身に焼いていただくことです。「そろそろいいですよ」と社員が声をかけ、お客さまがフライパンからギョーザを返す。見事に焼き上がったギョーザに、周囲から歓声が上がります。その体験がSNSで拡散され、4時間待ちになったこともありました。当社の冷凍ギョーザが提供している価値、そしてその背景にあるインサイトを象徴する施策だったと思います。

ただ、ここまでお話ししたインサイトの発見やアイデアの創出は、いわば人間が一つひとつ進める「手動」の仕事です。ロングセラーブランドが多数生まれた1980年頃は、全世帯の約6割が夫婦と子どもからなる旧標準的な家族で、各家庭には同じメーカーの洗剤や家電が並んでいた。そんなマスの価値観が成立していた社会では、マーケターが机上で新製品を構想し、数百億円規模のヒットを生み出すこともできたでしょう。

しかし、今後はインサイトの探索から新しい価値を生み出すプロセスを、マーケター個人の経験や能力だけで担い続けることは難しくなっていくと思います。
  

今、味の素が取り組んでいるのが、上の図に示した商品開発プロセスです。左下の「顧客ニーズ」から始まり、製品のコンセプトアイデアを幅広く拡散して、そこから有望なものへと収束させていく。腕のいいマーケターでも4ヵ月はかかるこのプロセスを、AIで自動化するチャレンジです。

n=1の声を集めるところは人間が関与しますが、インサイト仮説、提供価値仮説を導き出し、アイデアを大量に生み出す部分はAIに担わせる。さらに、600ほど生まれたアイデアから有望なものを絞り込むプロセスもAIが進めます。そこで「これはいける」と判断できれば、次のステップに進める。お客さまと直接つながることのできるコミュニティで実際に販売し、反応が良くなければ、すぐ修正する。そうした試行錯誤を高速で繰り返せる商品開発システムの構築に挑戦しています。

では自動化する分、人間は何をするのかというと、私はもっとお客さまに向き合うべきだと考えます。今、味の素ではKGIの中心を売上だけではなく「ファン」に置く試みも進めています。たとえばインフルエンサー向けの新商品発表会では、たとえ普段は別メーカーの商品を愛用されていても「(社員の)◯◯さんが好きだから」という理由で来てくださる方がたくさんいます。商品だけでなく、社員という「人」そのものがお客さまとの関係をつくっているのです。

「アミノバイタル」のトライアスロン・ファンクラブでも同様です。17時間かかるレースの最後に、社員が温かいスープでランナーをお迎えする。長いレースを終えたその瞬間に、社員と直接触れ合うことで、お客さまのブランドに対する熱量も頂点に達します。

熱量の高い社員が起爆剤となって、お客さまの熱量を上げる。こういった人と人との関係から生まれる活動は、人間ならではのものです。この人間の力を徹底的に生かすことができれば、味の素はもっといい会社になると信じています。

従来のビジネスが、出航前に綿密な計画を立て、一度出航すると容易に引き返せない「マグロ漁船型」だとしたら、現代はその日の天候を見てアジャイルに動く「イカ釣り漁船型」のビジネスが求められます。これは私の直属の部下である部門長が話した比喩なのですが、現状をよく言い当てていると思いました。

その試行錯誤の中心にAIを据えることで、これまで人間が多くの時間を費やしてきた仮説の生成やアイデアの拡散・収束を高速化する。そして、そこで生まれた時間を使って、人間はもっとお客さまに向き合い、ファンとの関係を深め、互いの熱量を高めていく。

AIに任せるべきことはAIに任せ、人間は人間にしかできないことに、より多くの力を注ぐ。これを全社的に推進することで、新たな価値を創造していきたいと考えています。
 

AIで「来場予測」と「感性タグ付け」を可能に


鈴木 私からは、JリーグのBtoC戦略とAI活用についてお話しします。1993年に10クラブからスタートしたJリーグは2025年時点で60クラブに拡大し、41都道府県をホームタウンとして活動しています。2026年には、現行の2月開幕から8月開幕へシーズン移行する変革期を迎えます。入場者数は2024年から2年連続で過去最多を更新しており、年間に概ね1300万人の方々にスタジアムにお越しいただいています。JリーグのID登録者数は約500万人に達しています。
 
公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) 執行役員(マーケティング事業担当)事業マーケティング事業本部 本部長
鈴木 章吾 氏

日本生活協同組合連合会、キリンホールディングス、野村総合研究所にて、一貫してtoCマーケティング領域に従事。
2022年にJリーグに入社。現職ではJリーグのプロモーション、集客CRM、MD/ライセンス事業、デジタルマーケティングプラットフォームなど、toCに関わる領域全般を統括。

Jリーグというと、国内を中心としたリーグというイメージが強いかもしれませんが、入場者数や総収益で見ると、世界のリーグとも競争しうる規模になりつつあります。今後10年で欧州5大リーグ(英プレミアリーグなど)に食い込んでいくことを、現実的な目標として掲げています。

そんなJリーグのマーケティング領域でのAI活用は1年ほど前から始まっており、大きく「コンテンツ・クリエイティブ」と「顧客管理・CRM」の2つに分けられます。

「コンテンツ・クリエイティブ」では、試合中の全プレーをデジタル上でタグ付けし、そのデータを元にハイライト動画や選手別動画をAIが自動生成。toC向けに、それをLINEや公式アプリで配信しています。

ただ、この領域を全てAIに任せることには課題も感じています。サッカーには、単純なプレーデータだけでは捉えきれない文脈があるからです。たとえば選手同士の過去の関係性や、ダービー(ライバルクラブ同士の対戦)の歴史など。こうした文脈・モーメントを読み違えたコンテンツを発信すると、場合によってはファン・サポーターの誤解を招きかねないリスクがあるのです。

その点では、顧客管理・CRMはよりロジカルにAIを活用しやすく、特に活用が進んでいる領域です。JリーグにとってKGI に近い指標であるスタジアムへの入場者数を積み上げるには、来場予測が非常に重要になります。ファン・サポーターの行動を予測することができれば、先回りして適切なオファーやおもてなしができると考えているからです。

まずはIDを持つ来場者一人ひとりについて、チケット購入履歴や属性、観戦試合の傾向などから来場パターンをAIが学習し、その人が次の試合に来場する確率が何%なのかを予測してデータベース上に記録します。

こうした個人ごとの来場予測が積み上がれば、セグメント別や全体の来場者数の予測も可能になります。年間約1300万人の来場者に対し、ID登録者は約500万人です。ただ、IDを持つ方がID登録していないご家族・知人のチケットをまとめて購入し、一緒に来場するケースも少なくありません。そうした同行者まで考慮すると、実質的には6~7割程度の来場者について、IDを起点とした来場予測が可能という状態になっています。

AI来場予測に加えてチャレンジしているのが「感性のタグ付け」です。来場者の行動には、「対戦相手が人気クラブだと観戦に行く」「天気が良ければ行く」「応援するクラブの調子がよければ行く」「試合直前でチケットを買う傾向がある」「家族と来場する」といった一定の特徴があり、こうしたデータを分析することで、その人が何に反応し、どのような条件で来場意欲が高まるのかという、表面的な属性だけでは捉えにくい嗜好性を推定します。それを「感性タグ」として一人ひとりに付与するわけです。

感性タグがあれば、単に「来場確率が低いから広告を配信する」という一律のアプローチではなく、その人の嗜好や行動傾向に応じた施策が可能になります。たとえば来場確率の低い方に対しても、その人が反応しやすい要素を踏まえた特別なオファーを提示するなど、一人ひとりに寄り添った来場促進や、高度なセグメンテーションが可能になると考えています。
  

肝心の予測精度ですが、あるクラブの試合で検証したところ、試合1ヵ月前時点での「チケットを定価購入する確率」の合計と、実際の購入実績との誤差は約7%に収まり、高い予測精度が確認されました。

また、AI感性エンジンについても別のクラブで検証したところ、タグ付けされた因子に関連するワードやクリエイティブを用いたメールを送られたユーザーと、タグを活用していないユーザーとでは、前者の方がメール開封率・クリック率ともに優位なリフトアップ効果が確認されました。まだ小規模なトライアルの段階ですが、今後、予測やタグ付けの精度をより高めて大規模に展開すれば、施策の効果を最大化できるのではと考えています。

Jリーグでは従来から、データベースやBI分析ツールが搭載された共通のマーケティングプラットフォームを全60クラブに提供してきました。今後、ここにAI来場予測・AI感性エンジンを加えることで、全クラブのマーケティング活動をより高度化・最適化できると思っています。

今後のAI活用のロードマップについても、いくつかの段階を想定しています。

現在は、人間が考え、実行している施策にAIエンジンの分析結果を取り込むことによって業務を効率化している段階です。おそらく1~3年後には、生成AIを使って、これまで人間が担ってきた一連の作業を完全に自動化できるようになるでしょう。そして3~5年後には、AIエージェントが自律的に施策を立案し、実行するようになると見込んでいます。

では、そこまでAIが進化した時、リーグや各クラブのマーケティング担当者は何をするのか。

ここからは先ほどの岡本さんのお話に近いですが、やはり、これまで以上にファン・サポーターに向き合う活動にリソースの大半を振り向け、ロジック化できない「熱量」を高めることにあると考えます。

最初にお話ししたように、フットボール、Jリーグ、各クラブにはそれぞれの歴史や地域性、AIが捉えきれない文脈やモーメントがあり、それらの組み合わせ次第でより魅力的なコンテンツを生み出せます。そこをAIで自動化するのは、少なくとも現在のJリーグにおいては難しく、むしろ人間が主体的に判断・実行すべき領域だと思っています。

業務を単に効率化したり、人間の仕事をAIに置き換えたりすることが、AI活用のゴールではありません。AIによって人間にしかできない仕事へ、より多くのリソースを振り向けられるようにすること。むしろ、そこにAIを活用する本当の目的があると言ってもいいのかもしれません。
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