マーケティングアジェンダ東京2025レポート #01
味の素、Jリーグ、音部大輔氏と考える「AI時代の市場創造」【マーケティングアジェンダ東京2025レポート】
2026/09/25
人とAIの相互作用で世界を再構築する
音部 ありがとうございます。味の素とJリーグ、業種もビジネスモデルもかなり異なりますが、それぞれの取り組みを抽象化して捉えると、いくつかの共通点が見えてくるように感じます。岡本さんは、鈴木さんのお話を聞いていかがでしたか。
岡本 我々よりも数段進んでいる、というのが最初の印象です。何より、IDの捕捉率が非常に高いですよね。私どもにも当然、オンライン会員はいらっしゃいますが、商品の大多数はスーパーマーケットで購入されるので、誰が、いつ、どの商品を購入したのかをリアルタイムで把握することはできません。
そこで、ある程度の拡大推計に基づき、オンライン・オフライン双方でイベントや施策を展開してファンの熱量を高めようと取り組んでいます。そう考えると、一人ひとりの行動を高い解像度で可視化できるJリーグの環境は、羨ましいです。
鈴木 ありがとうございます。ただ、現状のAI活用は、あくまで既存顧客を深掘りするCRM領域が中心です。新規顧客の獲得や、ファン層の間口拡大にAIをどう活用するかについては、未着手の状態です。Jリーグ全体としては、とにかく露出を増やし、リーチを最大化することに取り組んでいるのですが、そこにAIを掛け合わせた時にどんな戦略・施策があり得るのかは、これからの課題です。
岡本 たとえば、IDを取得したきっかけや経緯をAIで解析することは考えられそうですね。
鈴木 そうですね。実際には、ID登録に至っていない方のほうがはるかに多いですから、何がきっかけで来場やID登録に至ったのか、その背景を知るためのリサーチは実施しています。たとえば、家族や友人に誘われて初めて観戦にきたという超ライトユーザーに、どこかのタイミングでJリーグやクラブにもう一歩深く関わっていただくきっかけを提供するのも、私たちの重要な仕事だと考えています。
音部 その「もう一歩深く関わる瞬間」、つまりモーメントを捉えるのは、簡単ではなさそうですね。では鈴木は、岡本さんのお話を聞いていかがでしたか。
鈴木 私もメーカー勤務の経験があるので、岡本さんの課題感には共感します。やはりメーカーは、実際の売り場や家庭で何が起こっているか捉えにくいですし、インサイトには人間のエモーショナルな要素が大きく関わっていると考えていました。だからこそ、インサイトを深掘りするプロセスにAIを活用するという発想には、実はとても驚きました。メーカーにおけるAI活用として画期的な切り口なのではと思いました。
岡本 デプスインタビューを大規模に実施するのは非常にお金がかかりますし、人間だけで分析できる情報量にも限界があります。だからこそ、大量の定性的な情報を整理・解析する部分はAIに委ねていく。
一方で、AIに任せる領域が増えるからこそ、マーケティングや製品開発のメンバーは、これまで以上にお客さまと直接会話する必要があると思っています。価値観が急速に変わる今の時代、人間自身がお客さまと向き合わなければ、インサイトを捉えるのは難しいからです。
音部 あらためて本日のテーマに立ち返りながら、まとめに入りたいと思います。
味の素の冷凍ギョーザの事例は、一見すると、単なる商品開発の話のようにも見えますが、本質は「食の再創造」だったと捉えることもできるのではないでしょうか。疲れて帰ってきても、簡単にきれいな羽根つきギョーザを焼くことができ、それを食卓に出すと子どもたちが喜んでくれる。つまり、ギョーザという商品そのものを提供しているだけではなく、「家族の食卓はどういう時間であり得るのか」という世界を再定義しているわけです。
同じように、Jリーグも、単にサッカーの試合への来場者を増やそうとしているだけではありません。スタジアムへ足を運ぶことを含めた「お出かけ」の体験、あるいはスポーツを生で観戦する「スポーツ・スペクタクル」のあり方そのものの再創造をしようとしていると見ることができます。
そう考えると、2社の取り組みには「AIを使いながら世界を再認識し、再構築している」という共通点があるのかもしれません。味の素は、AIを活用してインサイト仮説や提供価値仮説を生み出し、600ものアイデアを生成・評価しながら、高速で商品開発のPDCAを回そうとしています。これだけのアイデアが出るのは、すでにAIの中に、顧客ニーズや商品、提供価値の関係について、ある種の世界モデルが出来上がっているからだと言えます。
Jリーグの来場予測も同様です。チケットの購入履歴や属性、観戦傾向などのデータを元に、「どのような人が、どのような条件で試合を観にくるのか」という世界をAIの中に再構築している。だからこそ、一人ひとりの来場確率を予測できるわけです。
今後はさらに、「その人はなぜ最初にスタジアムを訪れたのか」「何をきっかけにライトユーザーからファンへと変わったのか」といったプロセスまで捉えられるようになれば、AIの中に構築される世界は、さらに豊かなものになっていくでしょう。
今日、お二人からさまざまな取り組みをご紹介いただきましたが、重要なのは個々の活動の表面だけを見ることではないと思います。「AIで600のアイデアをつくる」「来場確率を予測する」「感性タグを付ける」といった活動そのものを模倣するのではなく、その裏側で、顧客や市場をどのような世界として捉え、その世界をどのような仕組みで再構築しているのかを見ることが重要です。
そうした視点で今日ご紹介した取り組みを読み解くことで、業種やビジネスモデルを問わず、それぞれの市場で「良い商品の定義」を更新し、新たな市場を創造していくためのヒントが得られるのではないでしょうか。

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