デザインとブランドはどこへゆく? AI時代のクリエイティブ談議 #03

AI時代のデザイナー、そしてブランドに求められるのは「人々を新しい価値観へと連れ出す力」 

 

AI時代のブランドづくりおいて有効な、広告の考え方


秋山 最近は、作詞の仕事もしていて。秋元康さんに声をかけていただいて、表題曲やカップリング曲の歌詞を書いています。NMB48やWHITE SCORPION、僕が見たかった青空など、月に2-3曲ほどのペースです。

作詞というと意外に思われるかもしれないけれど、これも、これまで自分がやってきたことの蓄積なんだよね。曲を聴いて、その曲が持つ価値や世界観を考え、タイトルを決め、そこから言葉を紡いでいく。ひとつのものづくりとして、今、とても面白く感じています。

最初に書いたのは、STU48の『檸檬とレモン』という曲です。同じクラスに、休み時間は一人で小説を読んでいそうな、少し地味で文学的な、漢字の「檸檬」のような男子がいる。一方には、みんなの輪の中心にいる人気者で、クールなカタカナの「レモン」のような男子がいる。その二人を同時に好きになってしまう女の子の物語を書きました。

すると、衣装もレモン色になり、ミュージックビデオの振り付けにも、手で「L」の形をつくる動きが入った。僕が書いた詞が、楽曲だけでなく、衣装や映像、振り付けを含めた作品全体の「素」、つまり根幹になっていったんです。

広告の仕事で培ったディレクションの経験が生きていると感じます。

徳田 広告は、限られた表現の中で多くの人に価値を届け、その先の行動やコミュニケーションまで生み出していくもの。だから、広告の仕事を通して身につけた考え方は、作詞はもちろん、デザインやブランドづくりにも生かせると思っています。

なかでも、僕が大切だと感じていることが2つあります。

ひとつは、不特定多数の人に向けた「マス」の表現であっても、本当に多くの人の心に届くものを生み出すには、結局、一人の人間を突き詰めて考えなければならないということです。

KesselsKramerに在籍し、オランダで暮らしていたときに気づいたのですが、西洋でも東洋でも、人間の根本ってそれほど変わらないんですよね。一人になると寂しいし、誰かと喜びを分かち合えばうれしい。おいしいものを一緒に食べれば、自然と仲良くなる。

違いがあるとすれば、店の閉店時間が「最後のお客さんの会計が終わる時間」ではなく、「店員が帰る時間」として厳密に運用されている、といった習慣の違いくらいで(笑)。人の感情そのものは、基本的には変わらないんです。

そう思ったとき、先ほど話した「心に届く」という考え方への確信が、自分の中でより強くなりました。

たとえば、僕が以前「ポカリスエット」や「い・ろ・は・す」の仕事をしていた頃、地上波のマス広告は、何千万人もの人に届けることを前提とした世界でした。

小さな子どもから高齢者まで、全員が対象になる。そうなると、特定のターゲットの顔を具体的に思い浮かべることは難しくなります。それでも、「みんなが嬉しいと思うことは何だろう」「みんなが楽しい、好きだと感じることは何だろう」と考えなければならない。

突き詰めると、自分自身の経験の中から探すしかないんです。自分が「楽しかった」と感じたことを、ほかの人も面白い、楽しいと思ってくれるだろうか。そう想像しながら、表現を紡いでいくしかありません。

マーケティングの現場では、人を数値化し、データとして把握しようとする場面が少なくありません。ただ、数値に置き換えた瞬間、相手の顔が見えなくなってしまうことがあります。僕がいつも言っているのは、「10人分の感性をひとつのデータにまとめたのなら、最後にはもう一度、それを『一人の人間』に戻さなければいけない」ということです。

目の前にその人が座っていると想像する。その人が「おいしい」「好きだ」と言って選んでくれる姿を、具体的に思い浮かべながらコミュニケーションを設計する必要がある。マスに向けた表現であっても、中心に置くべきなのは、一人ひとりの人間です。

「みんなに共通する体験とは何だろう」と考えていくと、結局のところ、それは一人ひとりが感じていることの重なりでしかないんですよね。
 
徳田祐司 氏
canaria inc. 代表
クリエイティブディレクター、アートディレクター

1968年東京生まれ。電通入社後、数々の大型キャンペーンのアートディレクションを行い、アムステルダムのクリエイティブエージェンシーKesselsKramerにて、クリエイティブの可能性を広げる。2007年にデザインエージェンシーcanariaを設立。ブランド・プロダクト・プロジェクト開発からコミュニケーションまでの一貫したコンセプトメイキング及びトータルデザインにおけるクリエイティブディレクション&デザインを得意とする。代表作に、いろはす、FLOWFUSHI、野沢温泉蒸留所、日本酒プロデュースブランド WAZU、DUO、LOVECHROME、Royal Host Deli、finetoday、SPACEPORT CITY 未来事業構想、avatarin、パリ発フェイシャルサロン EN、吉乃川、deleteC、京中、等。国内外のデザイン賞にて最高賞を多数受賞し、世界から評価を得ている。受賞歴:iF DESIGN AWARD : 金賞、Red Dot Award : 最優秀賞、カンヌ広告賞:金賞、NY ADC賞:金銀賞、日本パッケージデザイン大賞:金銀銅賞など受賞多数。高度でインタラクティブな仮想体験・遠隔操作技術の実用化を目指す「avatarin」デザインパートナー。日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)会員、日本パッケージデザイン協会(JPDA) 会員。

徳田 広告の思考から学べるもうひとつのことは、すでにある価値を多くの人に伝えるだけではなく、人々を、それまで知らなかった価値観へ「連れ出す」力です。

その意味で、クリエイターとしてある程度の経験を積んだ先にある目標として、僕が素晴らしいと思っているのが、写真家のアーヴィング・ペンです。以前、「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」で彼のオリジナルプリントをまとまった形で見る機会があり、深く感動しました。

彼はもともとデザイナーで、商品の撮影なども手がけていました。その後、『VOGUE』でファッションや俳優、著名人のポートレートを撮影し、一躍、世界の最先端を走る写真家になった。

興味深いのは、そうして「マスに届く力」を手にした後、彼が何を撮り始めたかです。道に落ちているたばこの吸い殻や、夜行列車で乗客が眠っている間にも働いている労働者、冷蔵庫の奥で眠っているフリーズドライ食品など、それまで多くの人が美しいとは考えていなかったものを撮り始めたんです。

もともと美しい俳優や、多額の費用をかけてつくられたものではなく、「世の中に存在している、本当は美しいもの」を見せようとした。そこへ、見る人たちを「連れ出そう」としたんだと思います。

最初は、多くの人が困惑したそうです。でも、写真そのものがあまりにも美しいから、「吸い殻は、こんなにも美しく見えるものなのか」と気づかされる。

世の中の人々を、新しい価値観へ連れ出す。その役割は、僕が今、仕事を通じて目指していることとも、とても近いと感じています。

ー 「新しい価値観へ連れ出す」という考え方には、PR的な側面もありますね。徳田さんと秋山さんの仕事に共通しているのは、受け手が参加したくなったり、自分なりに語りたくなったりするPR的な切り口を、あらかじめデザインの中に仕込んでいることではないでしょうか。

秋山 みんなが思わず口にしたくなることや、語りたくなる切り口を見つけることは、まだAIには難しい部分だと思っています。

AIを使えば、ある程度の「正解らしいもの」は、誰でもつくれるようになる。でも、多くの場合は「ああ、いい感じだね」で終わってしまうんです。

これから残っていくのは、その表現の裏側にある、みんなが語りたくなるストーリーまで、しっかりつくれる人だと思います。

特に若い人たちは、最初からAIが存在する環境で育っているので、「こういうものなんだ」と、その出力を当たり前に受け入れてしまう可能性がある。だからこそ、その違いに気づいてほしいですね。

徳田 僕も画像生成に使いますし、ステートメントを考える際の壁打ちにもAIを使っています。ただ、AIはあくまで思考を磨くための道具です。ハサミの延長のようなものですよね。

秋山 壁打ち相手としては最高だよね。ひとつの方向性を起点に、ものすごい速度で可能性を広げることはAIが得意です。でも、その膨大な選択肢の中から一貫性を見つけ出すことは、人間の仕事だと思う。

徳田 その通り。これからは、IllustratorやPhotoshopを使えるという技術自体の重要性は、相対的に下がっていくでしょう。その代わりに、最も上位にある概念、つまり最初の「問い」を見つける力が、ますます重要になると思います。

「サイエンス」という言葉には、物事を分け、分析して理解するという意味があります。AIも、情報を分析し、分類し、個別の要素へ分解することは得意です。

一方、リベラルアーツ的な思考、つまり複数の要素の共通点を見つけ、その中から一貫した意味を探すこと。バラバラに見えるものを統合し、「そのすべてを貫いているものは何か」を見つけることは、表現者が得意としてきた領域です。

秋山 AIによって、それらしい表現が大量につくれるようになる時代に、本当に価値のある「ブランドらしさ」とは何だろうね。

徳田 先ほど(NOZAWA GINを手がけた徳田祐司氏が語るデザイナーの役割 価値の送り手と受け手を繋ぐ「共感できる一貫性」の発見)も話した、「一貫性」と「共感性」ではないかな。何をつくるのか。そして、何をしないのか。その姿勢が一貫していることです。

たとえば、「い・ろ・は・す」が発売されて2年後の2011年、東日本大震災が起き、被災地では水が不足しました。そのとき、ブランドを運営する人たちは「これは宣伝ではない」として、倉庫に保管されていた、フィルムラベルを巻いていない状態のペットボトル入りの水を20万ケース、どこよりも早く被災地へ送り続けたんです。

ラベルが付いていないので、通常の商品として販売するものではありません。それでも、必要としている人へ、まず水を届ける。その精神のブレなさが、結果として人々の信頼を生み、ブランドを育てていくのだと思います。

パナソニック、旧松下電器の創業者である松下幸之助さんは、「平和のために電気、光はある」という趣旨のことを語ったといわれています。

戦後、焼け野原となった大阪で、部屋に灯る一家団らんの光を取り戻す。そのために電気の仕事を始めた。そうした絶対的なアイデンティティがあるからこそ、パナソニックは、人の命を直接預かる自動車そのものではなく、車内を快適にする多数のセンサーや技術の開発に注力している、と僕は捉えています。

何を行い、何を行わないのか。その一貫した姿勢が、ブランドを育てていくんだと思います。

秋山 無印良品(MUJI)の「生活の主役は人であり、モノは脇役に徹する」という哲学にも、同じことが言えるね。

徳田 AIについて語るとき、なぜ多くの人が「手段」の話ばかりをするのだろうと、不思議に思うんです。「このハサミで何を切れるのか」と考える前に、「そもそも、なぜこのハサミを使うのか」という意思のほうが重要なのではないでしょうか。

具義ちゃんが言うように、AIはそれなりの正解を出してくれます。でも最後には、「自分という人間の琴線に触れるかどうか」というフィルターを通す必要がある。なぜなら、AIそのものには意思がないからです。

僕は「avatarin(アバターイン)」というプロジェクトで、76ヵ国語を話せるロボットの開発に関わっています。ただし、76ヵ国語を話せること自体は目的ではありません。本当の目的は、どの国から来た人も、空港で迷わずに出口へたどり着けるようにすることです。

人の心に届けたい「意思」が先にあり、その意思を実現するために、76ヵ国語を扱えるAIという道具を使う。意思があるからこそ、AIという手段が生きるんです。

そして、その意思は、今のところ人間にしか持てない。意思があり、その意思を実現するための計画があり、最後に実装がある。僕自身、「心に届くデザインをする」と決めた瞬間、AIという道具をどう使うべきかについて、迷いがなくなりました。
 

デザインの役割は、人々を新しい視点や価値観へと「連れ出す」こと


ー AIが進化し続けるこれからの時代において、徳田さんが「新しいデザイン」の象徴だと考えている事例はありますか。

徳田 僕の教え子である田中美咲さんが立ち上げた、インクルーシブファッションブランド「SOLIT!(ソリット)」は、そのひとつだと思います。

彼女がビジネススクールに通っていたとき、仲間5人で「何か新しいことを始めよう」と話していました。そのメンバーの一人が車椅子ユーザーだったんです。その方が何気なく口にした、「一人で服を着るのが大変なんだよね」という言葉が、すべての始まりだったそうです。

そこから、障害の有無にかかわらず、あらゆる人が「一人で着られる服」をつくろうというプロジェクトがスタートしたんです。

何百回も試作を重ねたものの、最初に完成させることができたのは、わずか3着だったそうです。それでも、自分たちが始めたことへの責任として、4着目、5着目と、一人で着られる服を実直につくり続けている。

彼女は自分自身のことを、ビジネスと社会をつなぐ「デザイナー」と呼んでいます。美術大学を卒業したからデザインができる、という話ではありません。ビジネスやファッションという既存の枠組みに、「障害があっても一人で着られる」という新しい問いを持ち込み、意思を持って計画し、実装することで、社会に新しい価値を生み出している。

これこそ、僕自身も目指したい、素晴らしい「デザイン」のあり方です。そして、これからの時代に求められるデザイナー像を象徴していると感じます。
  
障害の有無を超えて、着たいも着れるも実現するインクルーシブファッション「SOLIT!」

秋山 まさに、ディレクションの時代だよね。IllustratorやPhotoshopを使いこなす技術そのものは、以前ほど決定的な意味を持たなくなっていく。

その代わりに、世界中のクリエイターやAIに対して、「何をつくってほしいのか」を的確に伝えるディレクション能力が必要になる。そして何より、まだ誰も言葉にしていない価値に気づく力が重要になってくるんだろうね。

徳田 「表現者とは何か」という話で、僕が好きな言葉があります。石津智大さんの本で紹介された、イギリスの小説家のオスカー・ワイルドのにあった、「ターナー以前に、ロンドンに霧はなかった」という言葉です。

19世紀の画家、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーが霧の風景を描く以前、ロンドンの人々にとって霧は、ただ疎ましく、邪魔なものだった。しかしターナーが、ロンドンの霧が持つ幽玄さや、ほかの都市にはない美しさを絵画として表現したことで、人々は初めて、その価値に気づいた。霧を、ロンドンならではの風景として、誇りを持って捉えるようになったんです。

目の前に存在しているのに、誰もまだ気づいていない価値を発見し、それを目に見えるかたちで“表”に“表”す。それこそが「表現」なのだと思います。

秋山 アーヴィング・ペンが、道に落ちている吸い殻を美しく撮影したことも同じだよね。

野沢温泉村の人たちにとっても、水の音は日常の中にありすぎて、特別なものではなかったのかもしれない。でも徳田くんが「水の巡り」としてデザインしたことで、「自分たちは、こんなにも素敵な場所に住んでいるんだ」と、村の人たち自身が改めて気づいた。

それも、新しい視点への「連れ出し」なんだろうね。

徳田 人々を、新しい視点や価値観へと「連れ出す」こと。それがデザイナーやクリエイターの責任であり、同時に大きな喜びなのではないでしょうか。

そして、その力は、これからのブランドにも必要だと思います。ブランドは、すでにある商品の魅力を伝えたり、生活者の要望に応えたりするだけの存在ではありません。まだ多くの人が気づいていない価値を発見し、「こういう選択肢もある」「こんな社会のあり方もある」と、これまでとは異なる見方や行動を提示する存在でもあるはずです。

「SOLIT!」が、「障害のある人のための特別な服」をつくるのではなく、誰もが自分で着たい服を選べるという、新しいファッションのあり方を社会に実装しているように、ブランドには、新しい価値観を単に言葉で語るのではなく、商品やサービス、振る舞いを通じて、人々が実際に選び、体験できるものにする力があります。

その考え方に共感する人が増え、行動が変わり、やがて新しい価値観が社会の中に根づいていく。そこまでをつくることが、ブランドの役割なのだと思います。

僕たちがデザインを返したとき、クライアントの方が、「自分の仕事の意味がわかりました」「自分たちが存在する意味に、初めて気づきました」と言って、涙を流してくださることがあります。

デザインによって、まずブランド自身が自らの価値を再発見し、その価値を通じて、今度は社会や人々を新しい視点へと連れ出していく。その出発点に立ち会えることが、たまらなく嬉しいんですよね。

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