トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #20

『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』など手がけるコルク佐渡島庸平氏が語る、ヒットを生み出す自己理解

前回の記事:
共創の第一歩は自分自身の「観察」の追求【コルク代表 佐渡島庸平氏】
 ソーシャルメディアの普及や発達により、企業からの情報発信だけでなく、顧客による情報発信や評判形成、企業と顧客の双方向的なコミュニケーションを踏まえたマーケティング活動が重要だと言われる時代。そんな「価値共創」の時代に、マーケターはどう価値を定義し、マーケティングの実務に落とし込んでいくのか。この連載では、Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員の中村淳一氏がトップマーケターにインタビューし、そのヒントや考え方を解き明かしていく。

 第10回は、コルクの代表を務める佐渡島庸平氏が登場。『宇宙兄弟』や『ドラゴン桜』 などの人気マンガを編集者として立ち上げ、現在はクリエイターエージェントとして、 新人マンガ家の発掘・育成、ファンコミュニティの形成・運営などをおこなっている。

 同氏は、データや論理的思考だけではない、センスや感性を磨くために注目すべき「観察力」がビジネスパーソンに求められると主張している。前編では、マーケターに求められる「観察」や「認知バイアス」の重要性から、はじめに自分を観察することについて、同氏の考え方をもとに詳しく聞いた。後編では、自己理解をする上でのコツやヒット作品を生み出すために必要なヒントなどについて聞いた。
 

いい商品、いい作品かどうかは、自分自身がリトマス試験紙


佐渡島 「観察」について、もうひとつエピソードをお話します。『宇宙兄弟』の面白さは絶対に当時のモーニングの中でベスト3に入っているはずなのに、実はアンケートでは順位が全然上がらなかったんです。そのとき僕は読者が偏っているのではないかと 、アンケートの集計方法をハガキから携帯に変えました。
 
コルク 代表取締役社長
佐渡島 庸平 氏

 1979年生まれ。東京大学文学部を卒業後、講談社を経て、2012年株式会社コルクを創業。「物語の力で、一人一人の世界を変える」をミッションとするクリエイター・エージェンシーとして、作品編集や新人マンガ家の発掘・育成、ファンコミュニティの形成・運営、グッズ展開、スクール事業などをおこなう。講談社時代に『ドラゴン桜』(三田紀房)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの連載を立ち上げ、現在もエージェント契約を結ぶ。佐渡島庸平公式note

僕だったら面倒くさくて、絶対にハガキでアンケートを送らないからです。携帯に変えた結果、やはり『宇宙兄弟』の順位が上がったんです。自分という視点では面白くなっているのに順位が上がらないのであれば、その周辺の環境を変えてみました。

中村 なるほど。とはいえ、自分の世界に必ずしも世の中の共感や共鳴が生まれるわけではないとも思います。

佐渡島 おっしゃるとおりです。自己理解を深めることは、自分だけではできません。最終的には世間という中央値との距離感を理解することで、自分の居場所もわかるようになります。たとえば「ある商品について、私は50万円を出してもいい」と考えたとします。しかし、中央値を調べてみると、私と同じ考えの人は世間に3人しかいないと判明しました。

そこから「だったら、5万円で出したらお客さんは1000人になるだろう」「ルイ・ヴィトンの限定商品にすれば、50万円でも1日で売り切れる」という推察が少しずつできるようになってきます。

中村 なるほど。第8回のインタビューで資生堂ジャパンの清水さんも同じような話をされていました。自分の心の中に消費者としての自分も必ずいるので、その自分と対話することが大切だと話をしていました。皆さん同じようなアプローチをされているんですね。

佐渡島 一方で中央値の知ることの難しさもあります。そこは、どうしても年齢を重ねてさまざまなことを経験しないとわからない面もあると思います。僕の場合には経営者になってから、人間のいろんな側面が見えるようになりました。

中村 まずは自分の観察があるんですね。大きな意味では「俯瞰」も観察だと思いますが、俯瞰のコツはありますか。
 
Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員
中村 淳一 氏

 慶応義塾大学経済学部卒。現在京都芸術大学大学院芸術修士(MFA)在籍中。2002年に消費財メーカー、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社、消費者市場戦略本部に所属。柔軟剤ブランド「レノア」の日本立ち上げのコアメンバーや、かみそりブランド「ジレット」、店舗営業チャネルシニアマネージャーを経たのち、13年からシンガポールにてグローバルメディア、アジア地域ビッグデータ担当のアソシエイトディレクターに着任。17年6月にフェイスブック ジャパン(Meta)入社。マーケティングサイエンスノースイーストアジア統括。他JMAインサイトハブコアメンバー等。

佐渡島 僕は自分自身を俯瞰するときはデータで見るようにしています。データは思いきり俯瞰できますし、受け入れざるを得ないですよね。体調をスマートウォッチを使って睡眠時間と歩数量と心拍数の関係から見て、データと主観ですり合わせをしています。zoom会議での自分の表情を分析にかけたりもしています。

中村 俯瞰するときには徹底してデータを活用しているんですね。それで俯瞰で観察して、マンガや書籍にも活かしていると思いますが、『ドラゴン桜』は多くの共感を生んだことで長く続くマンガになったと思います。長期連載するためにはやはり観察が重要なのでしょうか。

佐渡島 マンガが長く続くために編集者ができることは超シンプルで「何度も読むこと」です。我々は原稿をつくる前に納得するまで何度も直しています。原稿があがってきたら読み、雑誌を校了するときに読み、雑誌が届いたら読み、単行本の準備のときに読み、最後に手元に単行本が届いたときにも読みます。

少なくとも30回は読んでいますが、このときにもう1回読めるかが重要なんです。面白いマンガは何度でも読めます。そうでないときには作家に「実は、読み直していたら途中で飽きたんですよね」と正直に伝えています。すると作家も「実は、私も読むのがしんどいと思っていたんですよね」と、本音を言ってくれるときがあるからです。そこから一緒に解決策にたどり着けると、ヒットするようになります。

これはマーケティングにおける商品開発でも同じではないでしょうか。担当者もはじめはその商品を使っていたけれど、気がつくと別の商品を使いだしていることがあります。担当者がそうなるということは、世間もそうなります。自分という存在は、いいリトマス試験紙ですね。
  

中村 これを考えるのは作家さんの役割かもしれませんが、何を変えたらずっと読みたくなるマンガをつくれるのでしょうか。

佐渡島 それがわかっていれば、もっとヒット作品をつくれます(笑)。ただ、作家と売れていない状況や面白くないことをしっかりと向き合って、話し合って人間関係を築いて改善していくことを大切にしています。

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