行動経済学で理解するマーケティング最新事情 #02

人は「得る」より「失わない」ために行動する。参照点という発想から見えてくる、ブランド選びの本質

 

「プロスペクト理論」と「損失回避」


 自分にとって得になるような基準を設けるのはなぜか。それは、人間は「絶対に損はしたくない」とする心理的欲求の持ち主だからです。これは、行動経済学における代表的な成果のひとつである「プロスペクト理論」で説明できます。ざっくり紹介すると、人間がどういう理屈で意思決定を下すかを示した理論で、利得と損失に非対称性を感じてしまう現象を指します。

 有名な実験を紹介しましょう。街中を歩いていて「次の選択肢のうち絶対にどちらかを選んでください」と言われたとします。拒否権は、無いものとします。
 
(A)確実に1万円貰える
(B)50%の確率で2万円貰えるが、50%の確率で0円になる

 (A)と(B)では、圧倒的に(A)を選ぶ人が多いようです。中にはリスクを取って(B)を選ぶ人もいるかもしれませんが、私自身も「確実性」という言葉が大好きで(A)を選びます。
 
(C)確実に1万円失う
(D)50%の確率で2万円失うが、50%の確率で0円になる

 一方で(C)と(D)では、(D)を選ぶ人が多いようです。私も絶対にお金を払いたくないので、50%の可能性にかけて(D)を選びます。

 どちらの選択も平均1万円の利得と損失を選ぶ問題ですが、人の選択する傾向が変わるのは、「得る」と「失う」では感じる価値が違うからです。これが脳の「バグ」です。
 
 縦軸は「価値」、横軸は「損失(Loss)⇔利得(Gain)」を現しています。図では原点の左右で傾きが異なっていて、損失の傾きが大きいと分かります。5セントを得る価値、5セントを失う価値は同じでは無いのです。

 だからこそ、人間は「損失回避」と呼ばれる行動に移ります。何かを得るために何かを失うリスクより、何も失わない代わりに何も得ない方を選ぶ傾向にあります。

 例えば、キャリアアップを目指して転職活動をしている人が、辞める直前の土壇場になって躊躇して、会社に残るという選択をした話をよく聞きます。私なんかも、そういうタイプでした。それは「今」を基準に考えて「新天地に移ることで、結果的に損をしたくない」と考えるからです。

 この「損失回避」で重要なのは、損得という心理的な感覚の評価を主観的に設定した基準で判断している点です。その点を「参照点」と呼びます。先ほどの図で言えば(x, y)=(0, 0)にあたります。

 人間は主観的に設けられた参照点との「差分」で損得を判断しますし、わざわざ損をするような選択はしない(わざわざ損になる参照点を設けない)生き物である、と考えても良いでしょう。

 つまり、冒頭で紹介した「コスパが高い」とする私の発言も、自分の行動の正当性を確かにするために「相対的に低い参照点」を設けて「コスパ高いよね~」と言っているに過ぎない、という見方もできます(一方で、自分で選択肢の中から選ぶのではなく、誰かに選択を強制される場合はそうでは無いのですが、今回の趣旨から逸脱するので、またどこかの機会でお話させてください。)



 一般的に、家族や友人との会話では、お互いの参照点をすり合わせながら話しているため、この参照点の違いが「価値観の違い」として現れます。夫婦間における「価値観の相違」や友人関係における「合う」「合わない」は、突き詰めて考えれば「参照点の不一致」だと筆者は考えています。

 みんなが「得だと感じる参照点」の付け方ができず、私にとっては得だけど相手にとっては損に感じる選択をしてしまうのも、結局のところ参照点が折り合わないからです。

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