マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #03

行動経済学のマーケティングへの導入が、表面的にしか進まない理由

 

科学の視点からの事例


 感情が意思決定に大きく寄与することは、アントニオ・ダマシオ博士の提唱によって広く知られるようになりました。彼は、脳の損傷によって感情が欠如してしまった患者と向き合う中で、その患者たちが妥当な意思決定ができなくなっていることに気がつきました。

 直感的には、感情に左右されることがなくなれば、とても理性的な選択ができそうに思えます。実際それまで、感情は理性を邪魔するものと考えられていました。しかし、ダマシオの観察によれば、感情が欠如すると、賢明な意思決定がほぼできなくなっていたのです。

 ある患者さんは、2つのレストランの前で行ったり来たり20分以上どちらに入るか悩んでいたそうです。「こっちは空席があるからすぐ入れるなあ・・・、いやまてよ、空席が多いのは美味しくないからかも。よし隣にしよう。確かにこっちのほうが繁盛しているし・・・。いや、でもこれ食べたいわけじゃないしなあ・・・。」 などと、延々と。感情の後押しがないと、なかなかアクションには結びつかないのです。


 
 一方で、「理由は後から」の例としては、「選択盲(Choice Blindness)」の実験が有名です。

 ペター・ヨハンソン博士らの実験では、2人の人物の顔写真を、実験参加者に見せて、どちらが魅力的かを指差してもらいます。その後、一度両方の写真を伏せて、選ばれたほうの写真を渡して選択の理由を尋ねます。

 これを何度かやっている間に、ときどき、こっそり写真をすり替えて、実際には選択しなかった方の写真を参加者に渡してみます。

 すると、多くの参加者は、写真がすり替わったことに気づかないだけでなく、なんと、すり替えられた方の写真をもとに理由を答えてしまいます。その写真を見て「このイヤリングがいいよね」とか言ったりするのです。実際に選んでいたほうの写真は、イヤリングをしていなかったのに・・・。

 ヨハンソンたちは、同様の実験を消費者に対するジャムの試食でも試しています。消費者は、気に入ったジャムを選択した後、理由の確認の時に、中身をすり替えられても気づかない上に、やはり後付けで理由をでっち上げていました。

 実験の様子が分かるビデオのリンクをつけておくので、興味のある方は、ぜひご覧ください(参考:我々は自分の行動理由を本当に分かっているのか?)。理由なんて簡単に後付けされるものなのだということが、よくわかります。
 

マーケターは、呪縛を取り払おう


 というわけで、消費者の意思決定の多くは、大まかにいうと、感情が先で理由は後付けです。なのに、それだとあまりにもマーケターの直感に反するので、どうしても先の図のAの流れを前提に、「説得」を目指したマーケティング活動をしてしまいがちです。

 もとをただせば、消費者の購買プロセスのモデルとして教科書に載っているようなものも、大半はこの流れを前提にしていそうです。たとえば、超有名なAIDAモデル。まず知ってもらって(Attention)、興味・関心を引き(Interest)、欲しいという欲求を持ってもらって(Desire)、アクションにつなげようとする(Action)。

 これなんて、最初に提唱されたのは100年以上前ですから、行動経済学や脳科学が出てくるはるか前ですよね。その後、記憶(Memory)が加わりAIDMAになったり、派生モデルもいろいろあったりしますが、ベースは変わりません。

 また、インターネット時代を考慮して、検索のステップを加えたモデルなども新たに提唱されていますが、これだって、消費者がネットで検索しながら熟慮して意思決定することを暗に前提にしているとも考えられ、実は事実と合わない気がします。

 これではもう、呪縛のような感じさえします。なまじ真面目なマーケターほど、教科書やセミナーなどで勉強したりして、その呪縛にはまってしまっている。そういう事例を多く見てきました。

 消費者はそんなにロジカルに考えてアクションをしていません。呪縛から逃れて、マインドセットを切り替えてみませんか?

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