マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #03

行動経済学のマーケティングへの導入が、表面的にしか進まない理由

 

接近・回避動機付けが鍵になる


 とはいえ、切り替えようと言われても、いったいどんな感情にどうアプローチすればよいのか。確かに、感情にもさまざまな定義があり、悩んでしまいそうです。

 恐怖や悲しみなど、普遍的な基本感情を仮定するモデルや、覚醒度と感情価の2軸を使って感情の状態を記述しようとするものなど、いろいろありますよね。

 ここにまた落とし穴がありそうなので、注意が必要です。これらのモデルの多くは、本来名前などついていなかったはずの生物学的な反応に対して、言語によって強引にラベル付けして、理論的に理解しようとしています。これだと、結局また呪縛に逆戻りになりかねません。

 ここでお勧めしたいのは、もっと低次元の根源的な感情反応(あるいは、情動反応というべきかもしれません)です。具体的には、接近・回避動機付けと呼ばれる反応で、要するに、対象に近づくべきか、避けるべきか。

 もう少し詳しく言うと、報酬、快楽、社会的な評判のように接近したいというモチベーションを引き起こすか、あるいは、損失、苦痛、罰則のように避けようとする方向に働くか。

 これは、意識して考えて出てくるものではなく、人間以外の動物にも共通して観察されるような、生存のために使われる反応です。

 進化的に古いからと侮ることなかれ。ブランドに関わる選択でも、テレビ広告の効果でも、結局この接近・回避の軸がもっともよくフィットするという証拠は数多く存在します(脚注1・記事末参照)。

 消費者が使う「かわいい」という表現も、科学的に突き詰めると、接近動機付けが根本にあるという報告などもあります(脚注2・記事末参照)。

 なので、映像表現の面では、たとえば、鋭い突起や勢いよく向かってくる物体、高所での作業など身の危険を感じるものが描かれていると、それだけで回避モチベーションで感情的な関与度が下がります。必要がなければそういう表現は避けたいところです。
 
 コンセプトやストーリー展開でも、たとえば、食器用洗剤の成分が何でどれほど油汚れが取れるかを一生懸命説明されるよりも、それを使えば手をつなぎたくなると言われて、しかも実際に手をつないで楽しそうな様子を見せられたほうが、接近動機は高まるでしょう(ずいぶん古い例ですみません・・・)。メーカーとしては、やるせない気持ちもあるかとは思いますが・・・。
 

まとめ


 接近・回避動機付け反応は、進化の過程で常に重要な役割を担い続けてきたものですが、実はそれが、私たち消費者の意思決定にも、大きな影響を及ぼしているのです。

 もちろん、熟慮型のアプローチが役に立たないというつもりはありません。ただ、消費者の意思決定の多くはそうなっていないし、熟慮して決める場合でも、結局は気づかないうちに感情の後押しが決め手になることが多いのは間違いありません。

 このことが体系的に明らかにされてきたのは、マーケティングの歴史の中では意外と最近のことですから、100年も前から引きずっている呪縛にとらわれることなく、大胆に施策を変えていく時期に来ているのではないかと期待しています。
 
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<参考>
1.Hansen F and Christensen SR (2007) Emotions, Advertising and Consumer Choice, Copenhagen business School Press, Copenhagen.
2. 入戸野 宏 (著) (2019) 『「かわいい」のちから: 実験で探るその心理』 化学同人
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