行動経済学で理解するマーケティング最新事情 #05

「マスゴミ」という蔑称まで浸透。なぜ人はメディアの報道に偏りを感じるのか

 

そもそも「偏っている」とは何か?


 実際に「メディアと政治が結びついている」というニュースを見かけますが、ここでは、その詳細について趣旨と違うため触れません。まずは、そもそも偏っているとは何かから考えていきましょう。

 当たり前ですが、「ファクト(事実)」と「オピニオン(意見)」は違います。ファクトは本当にあった出来事ですが、オピニオンは個人の意見です。ファクトは真偽を証明できますが、オピニオンは得てして真偽を証明できません。突き詰めればファクトは実態があり、オピニオンは実態がないことも多いです。

 では、マスコミ(メディア)が「偏っている」という指摘は、ファクトでしょうか、オピニオンでしょうか。

 例えば、Agenda noteの常連として「PGマフィア」と評される方々をよくお見かけしますし、NewsPicksなら落合陽一さんがよく登場しますが、それをもって各メディアが「偏向メディア」「公平性に欠ける」と言えるでしょうか。そもそも「よく見る」「よく登場する」はファクトではなく、個人の主観です。偏っていると言うなら、誰に登場してもらうべきでしょうか。

 Agenda noteを例にあげれば、九州の単品通販の雄と言える方々、ファンベースマーケティングのグル(師)とも言える方々も登場されています。「○○さんが出ていないからおかしい」と批判すると、○○さんの持つ党派性が現れる分だけ、結局は「偏っている」と評されるのです。それはつまり、「偏っている」というのが個人のオピニオンの域を出ないことの証明でもあります。



 これらと同じで、虚偽報道をしているわけでも無いのに「偏っている」と批判される場合の多くは、ファクトとオピニオンが混同されているのです。その理由として、敵対的メディア認知と呼ばれる「メディアが自分とは反対側の陣営にとって、有利な方向に歪んでいる」という認知の歪みに陥っているからだと思われます。

 ここで、ある事例をご紹介したいと思います。Valloneら(1985)は、1982 年にレバノンのパレスチナ人難民キャンプで起きたイスラエル系民兵組織によるパレスチナ人虐殺事件報道を題材に、ある実験を行いました。

 全く同じ内容をイスラエル寄りの人と、パレスチナ寄りの人に見せて、その反応を調べたのです。その結果、イスラエル寄りの人たちは「報道がイスラエルに対して批判的である」と認知し、パレスチナ寄りの人たちは「報道がパレスチナに対して批判的である」と認知していました。

 具体的な数字で言えば、報道の内容について、イスラエル寄りの人はイスラエルに関する言及の16%がイスラエルに友好的で57%は非友好的であったと回答し、アラブ寄りの参加者は平均してイスラエルに関する言及の 42%がイスラエルに友好的で26%が非友好的であったと回答しました。読む側が何を支持するかで、同じ内容がまるで別物のように受け止められたのです。(参考:詳細な内容は「The hostile media phenomenon: biased perception and perceptions of media bias in coverage of the Beirut massacre」に記載されていますので、お時間あればご一読いただければ幸いです。)

 このように認知が歪む原因として、「① 客観的で公平性が担保された報道の具体的な内容が、自陣営に有利な形を想定している」、「② 報道された内容について、自陣営に対してネガティブな情報を優先的に知覚してしまう」という二つのメカニズムが作用していると言われています。

 Valloneらの実験以降もPerloff(1989)、Giner-Sorolla & Chaiken(1994)、Arpan & Raney(2003)など、さまざまな後続研究でこの「敵対的メディア認知」が確認できます。

 すなわち、メディアに向けて「偏っている」と言っている私たちも同様に「偏っている」のです。

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