行動経済学で理解するマーケティング最新事情 #06

「マーケターに必要なスキルは何ですか?」と、質問してしまう人の心理

 

「ハーディング現象」で安心を得たい


 一見、網羅されているように見える「マーケター必須スキル一覧」を、まるでRPGでコインを集めるかのように一つひとつ収集する努力は、否定されるものではないでしょう。ただし、そのスキルを収集したから優れたマーケターになれるかは話が全く別ですが。

 さて、筆者が重要だと考えるのは、マーケターのスキル一覧がTwitter上で披露され、多くの人の目に留まり、それを絶賛するコメントが多いということ。つまり、「マーケティングにはスキルが必要」とする言説が一定層の支持を得ている点です。言い換えると、「スキルは重要である」という合意がある程度取れているように見えるのです。

 みんなが納得している。みんなが必要だと言っている。その品質はどうであれ、みんなが必要だと思っている内容を求めてしまうこと自体は、人間の心理としては、十分に考えられることです。

 これを行動経済学では「ハーディング現象」(Herd behavior)と表現します。合理的に物事を判断するよりも、周りに同調したり、他人の行動に追随してしまったりする傾向を指します。ようは、その他大勢の人々と同じ行動をとることに安心感を抱いてしまうのです。「集団から外れたくない心理」が働くのでしょう。



 分かりやすい例として、ソロモン・アッシュの「Opinions and Social Pressure」(1955)をご紹介します。実験室に集めた8人(うち7人はサクラで、実際の被験者は1人のみ)に、次の図Aと図Bを提示します。
 
筆者制作

 そして、図Bの3本の線のうち、図Aの線と長さが同じものはどれか、参加者にひとりずつ答えてもらいました。ちなみに図Bに描かれた線の長さは、大きく違うので正解は明らかです。こうした問題を18種類用意し、うち12問はサクラに不正解を答えさせました。

 その結果、不正解を回答したサクラにつられて、実験参加者の75%が少なくとも一度はサクラの答えに同調して間違えてしまいました。アッシュは「少数派である参加者は多数派による誤った判断を受け入れた」と表現しています。

 同様に、「マーケター必須スキル一覧」の中に「それ必要?」みたいなスキルがあったとしても、大勢からスルーされれば「必要なのだろう」と勝手に受け入れてしまうという面があるのです。

 「マーケターになるためのスキル」自体の必要性の可否は、人それぞれが判断すれば良いかと思います。ただ、実際にマーケティング業務に就くと、”スキル”より絶対に結果を出すぞという執着心のような”能力”が必要だと思われる方は多いでしょう。「マーケター必須スキル一覧」で盛り上がっている人たちを見て、冷めた目で見ている人は一定層おられるのではないか、と感じています。

 ちなみにアッシュの実験の根底には、命令に従うままユダヤ人を迫害したアドルフ・アイヒマンの心理に迫るため、という狙いがあると聞きました。ドイツ出身の哲学者であるハンナ・アーレントはアイヒマンを「完全な無思想性」と表現しましたが、まさに”自分の頭で考えなくなる”のは、場所や時空を超えていつでもどこでも起こりうるのです。“考えない”側面を持つのも、人間なのです。

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