行動経済学で理解するマーケティング最新事情 #07
GoToトラベル停止で「予約済みの旅行」をキャンセルした人の心理を行動経済学で分析
「安くなくなった」と感じる本音の裏側
想像するに、GoToトラベルキャンペーンをキャンセルした人たちは、主に2種類に分かれると考えます。
ひとつ目は、新型コロナウイルスの感染を避けようとした人たちです。GoToトラベルキャンペーンの中止を受けて、現在の状況を「そんなにヤバいのか、だったら止めておこう」と受け止めたのです。こうした人たちは、政府による一時停止施策によって態度変容に至ったと言えます。
2つ目は、安くなったから旅行に行こうとした人たちです。正規の値段であれば行かなかったけれど、実質半額だし、せっかくだから行くというケースです。したがって「安くなくなった」から行かないだけです。
ひとつ目の新型コロナウイルスを警戒して旅行を止めた人は、感染リスクを認識できていなかったという意味では、「確率の無視」と呼ばれる「起こる確率は低いけど、全く起こらないとは言えない出来事」を完全に無視するバイアスに囚われていたと言えます。ただし、キャンペーンの一時停止という施策で、「確率の無視」が修正されたと考えるべきでしょう。
着目すべきは、2つ目です。「半額じゃないなら行かない」という声は、意外と多いのではないでしょうか。仮に宿泊代が4万円だったとします。本来なら実質半額で2万円の宿泊費で済むのに、GoToトラベルキャンペーンが一時停止するせいで4万円もかかってしまうのです。
もともと4万円なのですからGoToトラベルキャンペーン開始前と値段は何ひとつ変わっていませんが、予約した人たちからすると「2万円も損している」ように感じます。これは本連載の第2回でも取り上げましたが、「参照点(主観的に設定された基準)」が正規の4万円ではなく、割引後の2万円になってしまっているからです。
そうなると、「追加で2万円を払って宿泊する」か、「2万円が戻ってきて宿泊しないか」という2択になります。これも第2回でも取り上げたように、人間には「損失回避(何かを得るために何かを失うリスクより、何も失わない代わりに何も得ない方を選ぶ傾向)」の傾向があるため、後者を選ぶ人が多いのも頷けます。
人間は「メンタル・アカウンティング」で判断している
これらに加えて、人間は「メンタル・アカウンティング」と呼ばれる、独自の勘定科目制度を持つ傾向にあります。
例えば、映画館に着いて、事前に購入していた1800円の映画のチケットを紛失したことに気付きました。再び映画のチケットを購入するでしょうか?あるいは、当日に映画のチケットを購入しようとしていたが、1800円を紛失していたことに気付きました。それでも、映画のチケットを購入するでしょうか?
どちらも1800円を失っていることに違いはないのですが、前者は「チケットを購入しない」、後者は「チケットを購入する」と選択する人が多いようです。その理由は、前者はチケット代と決まっていて、後者はチケット代とは必ずしも決まっていないからです。同じ1800円でも、心理的な勘定としては全く別なのです。
お金を目的別に分けて管理していた場合、予定外の事態で使い道を変更した方が良くても、最初に決めた範囲で使おうとする傾向こそ「メンタル・アカウンティング」です。GoToトラベルキャンペーンの一時停止で「2万円を追加で払う」という選択肢を取る人が少ないのは、すでに心の勘定科目が2万円と決まっているため、追加予算を組むことが許せないからでしょう。