マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #08

人の「視覚情報処理」 の特徴をマーケティングで効果的に活用する方法

前回の記事:
誰しもが避けられない「老い」を、マーケティングはどう捉えるべきか
 

はじめに


 電車の中や待合室では、スマートフォンを使っている人をよく見かけます。その様子をチラチラ見ていると、すごいスピードで画面をスクロールしながら、ときどき止めて少し読む(見る)、ということを繰り返している人が少なからずいます。自分のことだ、と思う読者もいるかもしれません。

 私の場合も、同じことをしている気はするのですが、それでもなお他の人の動きを見るとついつい驚いてしまいます。あの勢いで情報を認識して取捨選択など処理ができているのは、単純に「すごいなあ」と。

 しかし一方で、私たちの日常生活では、そのような高速の視覚処理を知らず知らずに常に続けているという考え方もできそうです。街中を移動しているとき、コンビニエンスストアやスーパーマーケットで買い物をしているとき、Netflixで面白そうなコンテンツを探索しているときなど、それぞれすごい量の情報を瞬時に認識して処理しているはずです。そうでないと、いちいち立ち止まってしまい、まったく先に進みません。

 ということは、消費者の日常の視覚情報処理の特徴を知ることで、マーケティング活動のヒントが得られるかもしれません。今回は、このテーマで考察を進めたいと思います。
 

シーンの認識と「ジスト」


 日常的に私たちが見ているシーンは視野全体に広がっていて、その中には多くの要素(物体や背景など)が含まれています。先ほどの例のように、そのような複雑なシーンが突如現れたり、連続で変化したりしても、私たちは一瞬で状況の大まかな認識ができます。
 

 この写真の場合でも、そこがベッドルームであることはパッと見てすぐに分かると思います。さらに、「外国っぽい」や「女性っぽい」など、なんとなくの雰囲気も伝わってくるでしょう。

 視覚研究の世界では、このようなシーンの大まかな意味的記述を「ジスト(gist)」と呼んでいます。

 ジストの認識が非常に高速であることは、かなり昔から知られていました。たとえば、1976年の論文ですでに、連続で提示される複雑な写真でも、それぞれほんの100ミリ秒(0.1秒)程度の提示時間で写真の中にターゲットの物体があったかどうかの判断ができることが報告されています(Potter 1976)。

 さらに1996年に発表された研究では、瞬間提示された写真の中に動物が含まれていたかどうか判断させる課題を行ったところ、50ミリ秒足らずの時間でも正しく動物を検出できたうえに、同様の時間帯に脳の電気活動の波形への影響が観察されました(Thorpe et al. 1996)。

 それぞれの写真の中には、樹木や川、地面など非常に多くの要素が含まれているほか、動物自体も相当に複雑で、色などの単純な特徴だけでは判断できません。それなのに、たったの0.05秒で検出できるというのは驚くべきことです。

 このように人間(消費者)は、シーン全体の特徴分布からそのジストを瞬時に判別できるし、普段からしているのです。

 ただし、これらはすべて検出すべきターゲットを事前に指定していた場合の結果であることに注意してください。同じような実験でも、事前のターゲットの指定なしに写真の連続をひと通り見た後、少し経ってから、その写真に見覚えがあるかどうかをテストすると、正答率は極めて低く、ほぼ記憶に残っていないという結果になりました(Potter 1976)。

 つまり、ジストの認識は、視覚的に詳細な処理が行われるより早い段階で行われていて、細部の詳細な処理や、見た後に記憶に残るかどうかとは別の問題ということです。

 いろいろな情報が高速に消費されていく世の中では、消費者に漠然とリーチしても、なかなか伝わりにくくなっていることが裏付けられているように思います。

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