マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #10

「好き」と「欲しい」は、脳内では違う? 購入意向とブランディングへの作用を考える

前回の記事:
一度に処理できる情報は4つまで。短期記憶の”容量”からマーケティングを考えよう
 

「好き」と「欲しい」は別のこと


 皆さんは普段、「好き」と「欲しい」を区別していますか? 私自身は、正直なところ、日ごろの生活でその違いを意識することは、ほとんどありません。たいていの場合、好きなものを欲しいと思うし、欲しいと思うものは好きなのだろうと、なんとなくそう考えてしまいます。

 ですが、それら2つは同義語ではありませんし、実は脳内システムとしては割とよく区別されています。そしてもちろんマーケティングの観点でも、その2つを明確にすることは重要でしょう。

 思い切って単純化すると、自社の商品やサービスを「欲しい」や「やってみたい」と思ってもらえれば、購入意向やコンバージョンにぐっと近づきますが、一方でブラインドエクイティの構築やロイヤルティの醸成といった話になると、ポジティブな評価を受けて「好き」になってもらうことが大事になるでしょう。

 どちらかが大事というわけではなく、役割が違うということです。実際、これまでに仕事でご一緒したクライアント企業の中には、キャンペーンのKPIとして、直後の売り上げ(ROI)とブランドの好意度の指標の両方を使っているところも多かったです。

 そこで今回のコラムでは、「好き」と「欲しい」の脳内システムの違いを概観し、そこからマーケティングへの示唆を得ることを目指したいと思います。
 

報酬系のカギは、「快楽・喜び」ではなく「モチベーション」


 「好き」と「欲しい」の脳内メカニズムの研究は、それぞれ「Liking」と「Wanting」という用語で、脳の報酬系と呼ばれるシステムを中心に行われてきました(Robinson and Berridge, 1993)。

 報酬系というと、ドーパミンという物質を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。ラットの特定の脳部位に電極を入れて自己刺激できるようにすると、食べ物や水分も取らずひたすらレバー押しをやり続けてしまう、という実験とともに記憶されているかもしれません(Olds and Milner, 1954)。



 このラットの様子から、当初はこの脳内刺激によって喜びや快感を得る、つまりこの刺激が「好き(Liking)」なのだと解釈され、特に関連が深いとされたドーパミンは快楽に関わる物質だと解釈されました。

 残念なことに、今でも報酬系におけるドーパミンはこのような文脈で語られることも多いように思います。しかし、実際は、そうではなかったんです。たとえば、薬理作用によってドーパミンの働きを阻害しても、ラットが好むものを与えたら、ちゃんと喜んで「Liking」のしぐさを示します(Berridge and Robinson 1998)。つまり、ドーパミンは快楽や「好き」と直接結びついているわけではなかったのです。
 
 では、報酬系のドーパミンの阻害によっていったい何が起こったのかというと、報酬を欲しがらなくなりました。好きは好きなんだけど、それを「欲しい」や「したい」というモチベーションが不足してしまったのです。つまり、LikingではなくWantingのほうが影響を受けていたというわけで、先ほどの自己刺激実験でレバーを何度も何度も押したくなるのは、それを「好き」になっていくプロセスではなくて、「欲しい」・「したい」というモチベーションの高まりによって起こっていたのです。

 ちなみに、「好き」Likingのほうはオピオイドなどドーパミンとは別のシステムが主要な働きをすることも分かってきていますが、ここで大事なのは、脳部位や物質の名前ではありません。そういう話よりも、マーケティングの実務にどういう意味を持つのかを、次に見ていきましょう。

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