マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #11

最新研究から読み解く:「人の感情」は、どのようにつくられるのか

前回の記事:
「好き」と「欲しい」は、脳内では違う? 購入意向とブランディングへの作用を考える
 

はじめに


 私たちは、「喜び」や「悲しみ」など、さまざまな感情を経験しながら日々生活しています。また、会話の相手など他者の感情も常に知覚していますし、過去の記憶や未来の生活を思い描くときにも、多くの場合、そこには何らかの感情を伴っているでしょう。

 日々の感情の知覚や経験はあまりにも自然なことなので、それがどこからどう生じているのか、深く考えることはあまりないかもしれません。しかし一方で、感情は行動を決定するカギでもあるので、マーケターにとっては、考えないわけにはいかないテーマでもあります。

 最近、感情の研究では、これまでの理論を覆そうとする新たな理論が話題になっています(脚注1・記事末参照)。今回は、この理論を概観しながら感情を科学的に考察し、そこから実践への示唆を得ることを目指します。少しややこしく感じるかもしれませんが、大変重要なので、ぜひお付き合いください。


 

普遍的な感情というものは存在しないかも


 従来の感情の理論では、「恐怖」や「悲しみ」、「幸福」などの基本的な感情は生まれつき組み込まれているものであり、個人や文化によらず普遍的だと考えられてきました。また、それぞれの感情は脳内の特定の部位や回路によって担われているとされます。

 この理論のもとでは、ある刺激(例えば、ブランドコミュニケーション)があると、特定の基本感情と結びついた神経回路の活動が誘発され、それに端を発して、身体内部(発汗や血管収縮など)や表情、動作などに一連の連鎖反応が引き起こされると考えられています。

 これら一連の「反応」は、それぞれの基本感情と対応しているので、表情や生理反応、あるいは脳活動を詳細に記録すれば、今感じている基本感情を特定する指標となりうるはずだ、とも考えられます。

 しかし、これらの前提の多くは、現在では懐疑的とされています。特定の感情と結びついた普遍的な脳内回路の存在はほぼ否定されています。(たとえば扁桃体は「恐怖中枢」ではない!)。つまり、基本感情とされていたものは、顔にも体にも脳にも、どこにも一貫して表れることがないのです。

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