行動経済学で理解するマーケティング最新事情 #12

矛盾だらけの人間。言葉にできない「心」を知る、行動経済学の魅力

 

合理的なマーケターが可能性を狭めている


 Instagramの再発明とまで評される招待制写真SNSアプリ「Dispo」が注目を集めた際、「撮影した写真は翌朝9時まで見られないから、それまで待つ」という特徴が若者にウケている理由を有識者が「不便さが逆に良い」とコメントしていたのを覚えています。
 
Dispo - Live in the Moment

 普段は「新しいサービスを解説する有識者のコメントほど、当たらない」と私は考えているのですが、この時ばかりは愕然(がくぜん)としました。なぜなら、このコメントから「便利さ」は唯一無二の、普遍的な究極かつ至高の価値では無い、と気付いたからです。

 不便と便利、どちらが良いかと問われれば、100人中100人が「便利が良い」と答えるに決まっています。不便さの解消は、多くの商品・サービスにとって改善の象徴です。

 「待つ」なんて不便さの象徴です。例えば、行列に並んで待っている間は、その場から動けず、ただ待つしかありません。気を紛らわせる選択肢に限りはあります。しかし「Dispo」は「待つ」と言っても、その間に何もできないわけではありません。「撮影した写真を今すぐ確認できない不便さ」はありますが、「撮影した写真を後で一緒に確認する楽しみ」もあります。

 かつ、人の記憶は「Leveling and sharpening」(水準化と強調化)と呼ばれる「細部は曖昧になり、ごく一部だけが先鋭になる傾向」があります。翌日9時に仕上がった写真を見て、その瞬間の記憶だけが鮮明に蘇る楽しい経験ができる「Dispo」は、若い人からすると面白く感じるでしょう。不便さが、楽しさを醸成させてくれるのです。

 そういえば、ここ10年くらい、やたらと「昔なつかしいあの味」「昔を思い出す」といったフレーズの飲料を見るようになりました。私も興味をそそられて1本だけ飲んでみたのですが、甘ったるいのにサラッとしていて飲んだ気がしませんでした。はっきり言えば、微妙です。

 ですが、私より10~20歳ほど年上の方がコンビニで買う姿をよく見るので、売れているのだと思います。ブランド名でソーシャルリスニングをしてみると、「懐かしい」というコメントが並びます。どうやら「美味しさ」も、唯一無二の普遍的な究極かつ至高の価値では無いようです。

 「便利が良いに決まっている」「美味しいが良いに決まっている」と考えていると、インサイトに気付けないということです。「そうそう、それが欲しかった」と感じる心のツボは思っている以上に無数にあるのに、合理的なマーケターによって可能性の幅が狭められているとも言えます。

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