行動経済学で理解するマーケティング最新事情 #12

矛盾だらけの人間。言葉にできない「心」を知る、行動経済学の魅力

 

経験していないのに懐かしく感じる「ノスタルジア」


 ある日、私のワイフが「西武園ゆうえんちが気になる」と言うので、ホームページを調べてみると、かなりノスタルジア推しで驚きました。「昭和の熱気を遊びつくそう。」というメッセージ、どこか懐かしさを感じるタッチのイラスト…。
 

 合理的に考えれば「昭和なんて今より不便だった昔」なのですが、意思決定が歪んでいるのか、私はかなり好印象を抱きました。

 そもそもノスタルジアは「戻りたい」「苦痛」を組み合わせた造語で、「ホームシック」を意味するネガティブな用語でした。いつしか「懐かしい」という意味合いに変わっています。

 ノスタルジアの特徴は、個人の過去体験を美化した(「バラ色の回顧」とも呼ばれるバイアスの一種)個人的ノスタルジアと、個人が生まれる以前の遠い時代に思いを馳せる歴史的ノスタルジアの2種類に分かれます。

 つまり個人的ノスタルジアとは、自分自身のエピソード記憶です。先述した「昔なつかしいあの味」も個人的ノスタルジアが刺激されたのでしょう。飲み物を買っているんだけど、昔の記憶に浸るキッカケを買っているとも言えます。

 一方で歴史的ノスタルジアは、日常を通じて調べたり見たり聞いたりした意味記憶です。例えば「となりのトトロ」を何十年経っても「懐かしい」と感じるのは、作品自体に特定の時代を感じる要素を排除しつつ、見聞きした「懐かしい風景」が何度も登場するからでしょう。その結果、都会暮らしの少年が山奥に降り立つと実際に見た経験も無いのに「懐かしい」と口にするのです。

 あるいは、10代に「西城秀樹って、何をきっかけに知った?」と聞くと、大半は「ちびまる子ちゃんを見ていたから」と答えるのではないでしょうか。ある個人にとっての個人的ノスタルジアを集めた作品が、ある個人にとっての歴史的ノスタルジアとなるのです。

 ただし、私としてはショックな体験に繋がることもあります。1994年に発売された「プレイステーション」をコンパクトサイズで復刻した「プレイステーション クラシック」が発売された際に、私が「これが当時の最先端だったんだよなぁ」と言うと、中学生の姪は「懐かしいよね」の一言で済ませました。FF7を操作した時の衝撃を「懐かしい」で片付けるな、と思ったものです。これこそがジェネレーションギャップです。

 話を戻します。ノスタルジアにおける「懐かしさ」とは、「落ち着く」「安心」という心理的効果を得られると言われています。「西武園ゆうえんち」は、それを完全に分かった上で「昭和の熱気を遊びつくそう。」と謳っているのでしょうし、私自身も「私は何を見て、懐かしいと感じるだろうか」と俄然興味を抱いています。

 私のワイフも、コロナ禍により職場が強制的に閉まって、不安定な環境にいます。普段は「大丈夫だ」と言っていますが、知らず知らずのうちに抱えたストレスを紛らわせるために、いつの間にか「西武園ゆうえんち」に興味を持ったんだな…と考えれば無視はできません。

 これも、合理的に考えるのではなく、心を覗いて見たからこそ気付けたのです。

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