SNS・消費行動から見えてくるアラサー女子のココロ #26
ひろゆき氏の切り抜き動画の盛り上がりは、私たちのSNS戦略の見直しを問う
ひろゆき氏の「切り抜き動画」の斬新さはどこにある
確かにこの方法は、これまでのソーシャルメディア活用を変えるアイデアかもしれない。実際にこの方法を活用して動画を拡散し、若者に信用されるインフルエンサーとしての地位も獲得しているのはすごい結果だ。
しかし、斬新なアイデアだったかと言われると、少し考える時間がほしいと思ってしまう。なぜなら、UGC(ユーザーが投稿するソーシャルメディア上のコンテンツ)を大事にしたマーケティングはこれまでも散々行われてきたからだ。
多くのマーケターが頭を悩ませていたのは「どうやってUGCを発生させるか」だった。これを読んでいる人も何度もこのUGCの生成に頭を捻ってきたのではないか?と思う。
最も原始的なものであれば、ハッシュタグがそうだ。公式のハッシュタグを設定して、ユーザーにツイートしてもらうようアピールしていた。あるいは、イラスト企画などを行うドラマ番組は、ドラマの中に出てくるキャラクターを自由に描いて良いというルールを設定して、視聴者に絵を描くように促していた。つまり、考え方としてはこれまでもあったのだ。
そこで、今回のひろゆき氏の動画で変わったのは、「どこまでコンテンツが編集されることを許すか?」のボーダーラインだったのではないかと思う。
動画にまつわるハッシュタグでもなく、動画のURLでもなく、動画そのものに対して不特定多数が編集することを許可する。その思い切りの良さによって、ひろゆき動画の拡散は成功した。
そして今、それによって我々は「コンテンツの編集をどこまで許して拡散に利用するか」を問われているのではないだろうか。
問われる「コンテンツ編集の自由度」と「運営のリスク許容度」
先日、元IZ*ONE・HKT48の宮脇咲良氏の卒業コンサートが日本で行われた。
そこで話題になったのが「カメラ席」という座席だ。以前から韓国で黙認されていたカメラ席文化(マスター文化)を、公式に認めたものである。多くのコンサート会場ではカメラ撮影は禁止だが、そのチケットを購入した観客は、ステージの様子をカメラ撮影できるという特典がついている。
実際に、コンサート終了後には、そのカメラ席から一眼レフで撮影したと思われる素晴らしいファン撮影の写真が、タイムラインを埋め尽くした。このカメラ席施策を知ったファンの声も、「最高!」「ファンも嬉しいし、アーティストもコンサートの様子が拡散されるし天才!」というものばかりだった。
確かに、ハッシュタグとかイラストとか回りくどいことをするよりもよっぽど、本来のコンテンツに注目を集めることができるだろう。しかし、公式で公開している動画や、コンサートの様子を一般客に自由に加工して良いとするのは勇気がいることだ。当然、リスクもつきまとう。動画であれば、悪意ある編集をされるかもしれない。
コンサートの様子に関しても、美しい写真だけを撮ってくれるとは限らないし、その写真の二次利用を含めた権利の問題は、トラブルになる可能性もある。これは、悪意ある編集をされても構わないと割り切れる、ひろゆき氏だからこそできる施策かもしれない。