マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #13

「独創的なアイデア」は、どこから・どう浮かんでくるのか

前回の記事:
人は自分の過去を後付けで再構成しながら、未来の行動を決めている【ポストディクション論考】
 

はじめに


 私は残念ながら、誇れるような独創性を持ち合わせていません。にもかかわらず(だからこそ?)、独創性や創造性にとても興味があります。
 
 ここでは、抽象画や現代アートのようないわゆる「芸術」ではなく、マーケティングコミュニケーションにおける独創性やクリエイティビティに注目したいと思います。

 独創性といったテーマに正面から立ち向かうのは難しいと思いますので、これからの数回のコラムで、外堀から徐々に埋めていきながらアプローチし、ゆくゆくは「インサイト」に関しても考察したいと思います。
 

膝を打つという感じ


 下の写真は、コカ・コーラの有名なキャンペーンに使われた広告です。小さく“Try Not to Hear This”(この音を聴かないように)というコピーが書かれています。



 「~しないように」や「~のことを考えないように」と言われると、逆についつい考えてしまう現象は、心理学では「皮肉過程理論(Ironic Process Theory)」や「シロクマ問題(White Bear Problem)」としてよく知られています。思考を抑制するというのは案外難しいし、そうしようとするほどむしろ印象に残る。この現象を、うまく逆手に取っているのですね。

 また、知覚の観点からみると、ある種の「クロスモーダル知覚」の応用ともいえるでしょう。視覚(静止画)刺激でありながら聴覚にも訴えることで、より高い効果が期待されます。



 こちらのマクドナルドの例に至っては、文字もなければ中身もないのに、インパクトのある広告としてしっかり成立しています。見えないものを補って知覚する「補完(completion)」の応用と考えられますし、ちょっとだけこぼれている“かけら”から、ストーリー性まで感じられます。

 これらの例に共通しているのは、これまで誰も気づかなかったアイデアでありつつ、いったん目の前に出されてみると「なるほど!」と膝を打つような、まさに「コロンブスの卵」と感じることです。

 上に並べたようなウンチクや商品のこともそれなりに知っていても、少なくとも自分では到底気づけなかったようなことが、とてもシンプルに明快に表現されていると感じます。

 広告に限らず、マーケティングにおける独創的なアイデアは、往々にしてこのような(コロンブスの卵的な)特徴を有していることが多いと思います。いわゆる「インサイト」にも、共通要素が多そうです。

 いったいどうやって、このようなアイデアが生まれるのでしょうか。よく天啓のように「ひらめく」とか、あるいは「降ってくる」、「わいてくる」という表現をされることがあります。いったい、どういうことなのでしょうか。
 

浮かんでくる感じ


 直接考えるのは難しいので、「イヤーワーム」を題材に検討してみたいと思います。イヤーワームとは、唐突に何かの曲のワンフレーズが頭の中に浮かんできて、勝手に何度もリピートされる、あの現象です。耳について離れないので、「イヤーワーム(earworm: 耳の虫)」と呼ばれます。皆さんも、CMソングや店頭のBGM、アニメソングなど、なにかしら経験があるはずです。

 イヤーワームについては、それを引き起こしやすい旋律やテンポ、さらには、補完のメカニズムが深く関わっているなど、多くの研究が知られており、どれも興味深いです。ですが、ここでは、それがどういうときに起こり、どうやったら止められるかという点に注目させてください。

 イヤーワームは、言うまでもなく、ぼーっとしたり、単調な作業をしたりしているときに生じることが多いようです。一方で、ストレスがかかっているときにも起こりやすいとされています。

 そして、多くの人が経験しているとおり、打ち消そうと思ってがんばるほど、むしろずっとリピートしてしまいます。最初のコカ・コーラの広告で触れた皮肉過程理論にも関連しそうです。

 止めるためには、むしろ、まったく別の認知的負荷をかけるのがよいとされます。たとえば、数独(すうどく)のようなパズルやアナグラムのような言葉遊びなど、認知的なリソースを適度に使うタスクが例として挙げられます。

 私はここに、独創的なアイデアが思いつく過程のヒントがあるように思うのです。そのことを、次にもう少し説明させてください。
 

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録