行動経済学で理解するマーケティング最新事情 #18
なぜ多くの実績を出してきた人が、老害とも取れる行動をしてしまうのか
老害を生む「モラル信任効果」
地位も社会的名誉もある人が、恐ろしいくらい非倫理的な行動をとり、それが後々に明らかとなって批判を浴びる事件がしばしば報道されます。筆者の場合、直近で言えば米国で始まった「#MeToo」運動が思い浮かびます。
自身のモラルが周囲から信頼される、あるいは信任されたと感じると、多少は非倫理的な行動をとっても周囲は許すであろうと考える“認知の歪み”を「モラル信任効果」と呼びます。周囲からプラスの評価を得ている分、「多少はマイナスの行動をとったとしても大丈夫だ。なんなら相殺されてもプラスが残る」と錯覚してしまうのです。
例えば、ハンバーガーとポテトを食べながら「糖分や脂肪の吸収を抑える」飲み物やサプリメントを一緒に飲むと、マイナスをゼロにしてくれた気分になります。サンドウィッチマン風に表現すると「プラマイゼロだからカロリーゼロ」。本来なら決して相殺されないものが、脳内で勝手に相殺処理されてしまうのです。
2011年に台湾で行われた研究によると、サプリメントの使用によって大きな健康効果を得られると信じている人は、服用後に不健康な活動を行う傾向が示されました(「Ironic effects of dietary supplementation」より。Chiou,2011)。論文では、「サプリメント=健康に良い」というイメージがあるので、不健康な行動をサプリメントが抑制してくれるという幻想的な不死身の感覚を生み出し、単に錠剤を飲むだけで健康に十分な貢献をしていると錯覚しているかもしれないと主張します。
自分に関する問題に限って脳内で勝手に相殺される分には問題無いのですが、誰かに迷惑をかけても「私はこんな良いことをしてきた」という過去と相殺されると、迷惑を被った側はたまったものではありません。ましてや、その方が築いてきた「プラスの功績」を知らなければ、いきなりマイナスの感情しか抱きようがありません。
今でも覚えているのですが、あるマーケティングカンファレンスの前夜祭イベントで、私に面と向かって「実務経験も無いくせに、コトラーを読んだって分からないだろ?」と指摘くださった方は、その後に続けていかに自分がすごい施策で多くの消費者を幸せにしたか、それを「マーケティング・マネジメント」から学んだかを教えてくれました。
自分はすごいマーケターなんだ、色んな実績を残してきたんだという自負、つまりプラスの経験が多少の粗相でマイナスを生んでも相殺されてしまう。だから年少者にマウントポジションを取っても何とも思わない老害になるのだ、と筆者は考えています。