行動経済学で理解するマーケティング最新事情 #18
なぜ多くの実績を出してきた人が、老害とも取れる行動をしてしまうのか
人間版イノベーションのジレンマ
では、そんな私は老害では無いのかと胸に手を当ててみると、絶対にNOだとは言えません。SNSなどを通じて「それは違うんじゃないの?」と発言し、若手マーケターを腐していたかもしれません。つまり、私のような徳を積んでいない人間ですら、老害化する可能性もあるのです。
その原因は、変化や未知のものを避けたがる「現状維持バイアス」にあります。行動経済学の根幹にあるプロスペクト理論には「損失回避」と呼ばれる、利得よりも損失を大きく嫌う心理があります。現状維持を望むのはまさに損失回避で、そのままだったら損をしないのに行動したら損をするという恐怖が根底にあるのです。
時代は変わります。時代に合わせるには、私自身が変わらなければいけません。しかし、変化した結果、知識やスキルが役立たなくなることは恐怖でしかありません。だからこそ、知識やスキルが相対的に少ない若者の方が変化しやすい。
筆者は、クリステンセン教授の著書からインスパイアを受けて、この現象を「人間版イノベーションのジレンマ」と名付けました。ジレンマに陥った人から、変化した人に向けて、自身の経験だけを押し付けて「それは書評・マーケティング・営業…etc.とは言えない」など、老害発言をしてしまうのです。
組織にいると、若手の変化に対して「そんな技術はまだ必要ない」「うちの会社にはまだ早い」と押さえつけてしまいがちです。だから私は自分が老害にならないよう、部署の後輩には「いつ辞めたとしても他社で直ぐに活躍できるような仕事を任せる」と繰り返し伝えています。もちろん、自分の務める部署が現状維持バイアスに陥らないためでもあります。
つまるところ、自分が老害になるかどうかは、自分を客観的に認め、徳を積み上げることはできても貯金のように引き出すことも切り崩すこともできないと悟り、変化に対して若手と同じように対応して現状維持に留まらない。これらができるかどうかにかかっています。文字にするのは簡単ですが、実践するのは難しいです。
そこで「あれ、ちょっと慢心しているかな」「あれ、俺ちょっと変かな」と感じたら「自分は老害になっていないか」と3回唱えてみましょう。周囲を腐すような行動をとっていないか知るための呪文です。
こうした内省が、2022年以降も現役マーケターとして走り続けられるコツではないか、と筆者は考えています。
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