マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #17

「人間の脳は予測マシーン」脳科学の進歩が明らかにした新たな消費者像

前回の記事:
自分の潜在意識から消費者インサイトを取り出すための方法
 

新しい連載の目論見


 久しぶりに連載を再開することになりました。これから数回にわたって、近年進展しつつある脳科学の理論や仮説を紹介しながら、最終的に、新たな消費者像の提案に結び付けていきたいと思います。

 具体的には、「予測符号化理論」や「ベイズ脳仮説」、あるいは「自由エネルギー原理」などを念頭に置いていますが、あくまでもアジェンダノートがマーケティング専門のWebメディアであることを忘れることなく、バランスを取りながらゆっくり進めていきます。
 


 初回のスタートで紹介するのは、「Terror Subterra」と名付けられた錯視図です(脚注1)。2体のモンスターは物理的にはまったく同じにもかかわらず、多くの人にとって大きさが異なって見えます。背後にいるモンスターのほうが大きく見えますよね。

 次に、それぞれの表情からうかがえる感情はどうでしょうか。最初にこの錯視を紹介した認知科学者のロジャー・シェパードは、「感情も違うように見えないか」と問いかけていました。後になって、別の研究者が統制された環境と刺激を用いてその可能性を調べた結果、逃げている側のモンスターについて問われた人の92%が「恐怖」の表情だと答え、追いかけている側を問われた人の60%が「怒り」に見えると回答しました(脚注2)。オリジナルの作者の問いかけが支持される結果ですね。

 物理的な情報としてはまったく同じなのに、大きさだけでなく感情まで異なって知覚されることは、多くの読者にとって興味深いことですよね。知的好奇心として不思議なうえ、この過程の理解を深めることができれば、より効果的に消費者の知覚や感情に訴えかけ、ひいては、彼らの意思決定や行動へのよりよい働きかけにつなげられるかもしれません。

 このような場合、従来の定番の説明では、「感覚」は感覚器官への刺激によって外部の物理的な情報を受け取ることであり、「知覚」は、その受け取った感覚情報を意味や形状へ変換すること、つまり脳による解釈のようなものであるとされます。

 しかし、最近の脳科学の理論によれば、この見方は大きく変わってきています。まず脳内に経験や文脈に基づく予測(内部モデル)が存在しており、そこに入力されてきた感覚信号とその予測との差異から、外界の状態を推定するにより、脳が知覚を能動的に創出しているというのです(脚注3)。

 さらに、この枠組みを拡張し、感情や行動も含めて人間の脳の働きを統一的に説明しようとする、壮大な流れも生まれつつあります(脚注3)。

 まったくピンとこないかもしれませんが、消費者の知覚、感情、行動の背後にある統一的な原理であると提案されれば、見過ごすわけにはいきません。この新しい連載では、これから数回にわたって、そのような脳科学の進展を少しずつ紹介しながら、マーケティング、広告コミュニケーション、ブランディングなどとの関連性を検討していきたいと思います。

 なかでも今回は特に、感覚と知覚に焦点を当てて、連載のスタートとします。

マーケターに役立つ最新情報をお知らせ

メールメールマガジン登録