マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #17

「人間の脳は予測マシーン」脳科学の進歩が明らかにした新たな消費者像

 

知覚は、入力されてくる感覚情報の処理だけでは説明できない


 マーケティングにおける感覚情報の重要性を訴える既存のモデルとしては、アラドナ・クリシュナの「感覚マーケティング」が有名でしょうか。著書が邦訳(脚注4)されたりしてご存知の方も多いかと思いますので、これを参照しながら、従来の感覚と知覚の考え方を概観してみましょう。



 このモデルの定義は「消費者の感覚に訴えることによって、彼らの知覚、判断、そして行動に影響を与えるマーケティング」(脚注5)とされ、オリジナルの論文では上記のようなダイアグラムで紹介されています。

 この定義からも、あるいは上記の図や論文などの文章からみても、感覚情報が脳に入力されて、それが処理されて知覚や感情につながるという一連の過程が想定されています。図の中では、感覚から知覚へと至る矢印の向きが、そのようになっています。

 たしかに、刺激駆動型あるいはボトムアップの処理として、脳内でもそのような情報の流れは存在します。五感のなかでもっとも解明が進んでいる視覚を例に、概観してみましょう。

 まず、視覚の感覚受容器である網膜の細胞によって、光の波長、強度、方向などの物理エネルギーが電気信号に変換されることで、感覚情報が入力されます。この情報は、視床と呼ばれる脳部位を経由して、大脳の一番後ろにある第一次視覚野(V1)という場所に送られ、方向、色、輝度などの特徴に分解されます。

 その後、その分解された視覚情報は、大きく2つの経路に分かれて並列階層的に処理されていきます。脳の下のほう(主に側頭葉)を通っていく経路では、物体の形状や物体表面の性質(明るさ、色、模様)などが処理され、一方、脳の上のほう(主に頭頂葉)を通る経路では、3次元的な空間配置、空間の構造、動きの情報などが処理されます。最終的に前頭葉に至り、それらが統合されることで、我々が見ている「世界」の知覚に寄与するとされています。

 聴覚や触覚など、その他のモダリティ(感覚)でも、耳や皮膚などの感覚器を通して入力された感覚情報が、脳内で並列階層処理され上位中枢に至る過程が存在します。感覚刺激の入力によって情報処理が始まるので、刺激駆動型の知覚というわけですね。

 このようなボトムアップの情報処理は我われの知覚や認知に重要な役割を果たします。しかし、これだけだと何か大きなことが足りていません。

グラフィカル ユーザー インターフェイス

自動的に生成された説明

 たとえば、上の2つのプリント広告では、物理情報としては存在しないはずのものが知覚されることを上手く利用しています。左側は、洗剤の広告で錯視によってシャツの白さをアピールし、一方、右側は、心臓病予防の啓発をハートマークの心的イメージで訴求しようとしています。上述のクリシュナの感覚マーケティングでも、視覚に関しては錯視の事例がたくさん紹介されています。

 刺激駆動型の処理を前提にした場合、刺激されていないものが見えるということは、あり得るのでしょうか。入力されてきた情報を順番に再構成していく方法では、見えないはずのものが見えることは納得できなくないですか。

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