マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #18

バイロン・シャープの「ブランド論」を最新脳科学の仮説から検証してみる

 

消費者のアクションも予測符号化の枠組みで説明される


 これまで述べてきた「知覚的推論」では、予測誤差を最小化するために、内部モデルを感覚信号に近づけるように更新していました。しかし一方で、予測誤差の最小化のためには、もう一つ別の方略も考えられます。感覚信号のほうを調整し、精度を高めるというやり方です。

 そのためには、自らが能動的にアクションを起こす必要があります。たとえば、一部が隠れて見えにくくなっている視覚情報を調整するために、横に回り込んで見る角度を変えたり、ぼやけて見えにくいものを見ようと懸命に凝視したりすることが考えられます。

 先ほどの「知覚的推論」に対して、こちらは、自ら積極的に行う過程であることから「能動的推論」(active inference)と呼ばれます。いわゆる「自由エネルギー原理」と呼ばれる枠組みでは、この2通りの戦略を状況に応じてダイナミックに用いることで、全体として予測誤差を最小化するように振る舞うことが、脳の動作原理であるとされます。消費者のアクションと知覚は、予測誤差の最小化という一つの枠組みでとらえられ、いずれも脳がその動作原理に基づいて働いた結果、生じるものだと考えられるのです。

 概念的すぎると思うので、以下の画像を例に、具体的に検討してみましょう。

 

 この写真は、あるお祭りの屋台の一部を切り取ったものです。どれ一つとして商品の全体像は見えませんが、それでも缶飲料であること、さらにはコカ・コーラゼロであるということがなんとなく分かるのは、私たちが持っている内部モデルに依存した「知覚的推論」のおかげと言えるでしょう。

 一方で、今もし皆さんの部屋の冷蔵庫や目の前のコンビニなど、すぐ手に届く範囲にコカ・コーラゼロがあれば、ちょっと確認してみようと手に取ってみるかもしれません。これは、自分で動くことで感覚入力を調整して、予測との誤差を縮めようとする過程、つまり「能動的推論」と考えられるでしょう。脳の動作原理に基づいて自然に行われているだけですから、極論すると、その行動自体に特に理由はなくても不思議ではありません。

 商品を手に取ってもらうというのは、マーケターにとって極めて大事なことですが、そのための方略の一つとして消費者の「能動的推論」に着目することで、新たなインサイトが得られるかもしれません。
 

予測符号化とブランディングの橋渡し


 この予測符号化の概念を広い意味でのマーケティングの観点から考えると、バイロン・シャープの「メンタル・アベイラビリティ」と「フィジカル・アベイラビリティ」が重要だという主張と整合性が高いと感じます。

 彼の定義によると、メンタル・アベイラビリティは「ブランドが購買シーンにおいて想起されやすいこと」とされています(脚注4)。ブランドに関連する情報の記憶ネットワーク(ブランド連想)を消費者の脳内に構築することが重要である、とよく強調されていますよね。

 今回の話題と関連付けると、メンタル・アベイラビリティが高いブランドは、消費者の「知覚的推論」において有利な立場になると考えられるのではないでしょうか。なぜなら、カテゴリーに関して消費者が持っている内部モデルがそのブランドに関連するものである可能性が高くなるからです。

 たとえば、どのブランドのものかよく分からず、カテゴリーくらいしか伝わらない広告だと、消費者の知覚は内部モデルに頼るので、メンタル・アベイラビリティが高いブランドに関連するものが知覚されやすいでしょう。周囲の環境が情報で溢れかえっていたり、消費者自身が単に注意を払っていなかったり、広告そのものの問題などによって、このようなことは頻繁に起こっていそうです。

 一方、フィジカル・アベイラビリティは「ブランドの存在感が高まって買いやすくなり、多くの消費者に幅広い購買機会が提供されている状態」と定義されています(脚注5)。ブランド連想がうまくいっていても、身近に手に入らなければ効果は著しく限定されるだろうという話ですね。

 これには、能動的推論との親和性が感じられないでしょうか。たとえば、広告コミュニケーションにおける「チラ見せ」が上手くいって、消費者が能動的推論によってもう少し情報を得るために商品を手に取ろうとする、そのような力が脳内に生じたような場合、それが実際にできるフィジカル・アベイラビリティが高いブランドは、やはり有利なのではないでしょうか。

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