マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #19

マーケティングに大事なのは五感だけではない「内受容感覚」を知っておこう

 

内受容感覚の予測符号化


 先ほどの導入部分のロジックは、内受容感覚の情報が脳に届き、それによって駆動された神経活動から身体内部の知覚や感情(たとえば、「胃が痛い」「不快」)が生じる、いわゆるボトムアップの処理に依拠していました(脚注4)。

 それに対して近年、内受容感覚も外受容感覚と同様にトップダウン処理が重要で、予測符号化の枠組みで捉えられるという主張が広まってきました(文献3, 4)。つまり、単に受動的に情報を受け取って反応するのではなく、脳内の内部モデルによる予測と内受容感覚からくる実際の身体状態の信号との誤差を検出し、それを最小化することで、能動的に身体活動を制御しているという主張です。

 この説によれば、生体としての理想的状態や現在の内外の環境・状況などに基づいて、脳内で常に身体内の状態のモデルが構築されて、入ってくる内受容感覚を予測しています。一方で、あらゆる瞬間に常に各内臓器官、ホルモン系、免疫系などが内受容感覚を生み出し、それが脳に入力されていきます。それらの間に差異が生じると、それを最小化することで、身体を望ましい状態に保ち、生命を維持し、適切な意思決定を実現しているというのです。

 相変わらず抽象的でややこしいので、今の私の状況を使って具体的に考えてみましょう。

 原稿を書いている今、ふと自分の足元を見ると、犬のマックスがこちらを見上げています。それをたまたま見てしまった私の身体内では、気が付かない程度であっても、心拍や血圧が変動し、骨格筋を動かすために糖が分配される準備が進んだかもしれません。これらの変化により、原稿執筆中という状況下で、予測された状態(内部モデル)と実際の内受容感覚の入力との差異が大きくなると、その誤差を縮小する方向に力が働くと想定されます。



 この力に応じるためには、内部モデルを更新するか、あるいは自ら動いて現在の身体状態に近づけるかの2パターンがあります。たとえば、後者では、思わず近寄って触れ合うことで、その状況から予測される身体状態が先ほど変化した実際の内受容感覚に近づきそうです。この行動は、内受容感覚の予測誤差を縮小するための能動的推論によるものであって、特段のロジカルな理由はないし、特に意識することなくいつの間にか、してしまっているのかもしれません。
 
 同様に、知覚的推論(内部モデルの更新)のほうも、大半は意識にのぼらない状態で処理されていて、予測誤差が極めて大きい場合や特段の注意を向けた時などにだけ、主観的に経験されるのだと考えられます。プレゼン前の緊張で胃酸過多によって粘膜がダメージを受けると、予測誤差が大きくなり、腹部の違和感や痛みとして主観的に知覚されることなどが例として挙げられるでしょう。それと合わせて、何やら不快感のような、ある種の感情も付随しそうです。

 実は、今回注目している枠組みでは、この内受容感覚の予測符号化が、感情の基盤であるとされているのです(文献5)。普段は意識しておらず、知らないうちに意思決定や行動に影響しているというところは、先に述べたダマシオのソマティック・マーカー仮説とも一致するところです。一方、先ほどの胃痛のように意識にのぼる場合、その瞬間に身体で起こっていることを脳が要約して、知覚や感情を主観的に経験するというわけです。

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