マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #20

マーケティングは、あらゆる事象に生じる「消費者の感情」を軽視してはいけない

 

予測符号化の枠組みに基づいて情緒訴求を検討する


 前回の記事と重なるところですが、ここで注目している脳科学の仮説に基づいて、消費者への情緒訴求に関して、感情を2つのステージに分けてとらえるという視点を提供したいと思っています。

 前回の記事や今回のこれまでの話しのなかでの内受容感覚に基づく感情というのは、「幸福」や「悲しみ」のような言語でラベル付けされるレベルのものではなく、その背後にある生物学的な「状態」であり、英語ではemotionではなくaffectが当てはまります。

 一方で、一般に感情だと思われているもの、たとえば「幸福」「怒り」「悲しみ」などは、文脈・状況から適当な概念を結びつける、いわば事後の解釈のようなものだと考えられます。

 冒頭のトウモロコシの例でも、楽しい気持ちを経験したと言語化することも可能です。この楽しさは、実際にはそこで述べたループの合間に、状況や文脈などの客観的な情報や自身の経済状態、直前に食べたランチ、そのあとのディナーのプラン、過去の経験も踏まえた価値の評価など、さまざまな情報をもとに、主観的に解釈し言語化したものです。一連の予測符号化の過程で意識・無意識を問わず、常に生じている感情(affect)とは次元の違うものでしょう。

 どちらが正しいとか、そういう話ではなく、どちらも存在していて、どちらも重要です。ただし、メカニズムも違えば、マーケティングにおいて関連する施策も目的も違ってくるでしょう。

 ごくごくシンプルに要約すると、次の表のようになるかと思います。左側がここまで注目してきた内受容感覚の予測符号化に基づく根源的な感情で、右側が言語による解釈です。



 キャンペーンの目的やブランディングのステージや戦略などさまざまな要因から、どう組み合わせるか決まってくるでしょう。それに、この2つは排反的なものではなく、互いに関連もあるし、相互作用による効果も期待できるはずです。ハロー効果やライン・エクステンションなどは、そのような例といえるかもしれません。右側があったうえで、左側のほうも利用しようとしていると考えられるからです。

 表の中の個々の要素の補足や解説は、できれば次回に挑戦してみようと思います。

 このシリーズにおけるサイエンスの理論的な説明は、ひとまず今回で最後にしたいと思います。次回からは、マーケティングの実務、実践面に比重を移して、ここまでに述べてきた理論に基づいたお話を展開していこうと計画しています。

 <脚注>
 
  1. 厳密には、ある事象において計算された事後分布が、そのまま次の事前分布になるわけではなく、事後分布がさらに変換されて次の事前分布になる。
  2. 解剖学的な結合様式をはじめ、損傷事例、脳機能画像などさまざまな所見にもとづいて、島(insula)と呼ばれる脳部位が、内受容感覚とその他の感覚の統合に主要な役割を果たすと示唆されている。

 <文献>
 
  1. Barrett LF, Simmons WK (2015) Interoceptive predictions in the brain. Nature Reviews Neuroscience, 16: 419 – 429.
  2. Seth AK, Friston KJ (2016) Active interoceptive inference and the emotional brain. Phil. Trans. R. Soc. B 371: 20160007.
    http://dx.doi.org/10.1098/rstb.2016.0007
  3. Seth AK (2013) Interoceptive inference, emotion, and the embodied self. Trends in Cognitive Sciences, 17: 565 – 573.
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