マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #21

消費者はなぜ決断を先延ばしにするのか、最新脳科学から推論する対策とは?

 
■能動的推論からのアプローチ

 第二の戦略では、決断を先延ばしにする以外で、内受容感覚からの信号を予測された状態に近づける積極的な行動を考える必要があります。

 今回の学生さんの文脈では、試験後になると試験結果は実際には何の影響もないわけですから、試験の合否そのものは致命的な障壁ではなく漠然とした心理・感情的な障壁にすぎないのですよね。ですから、本題に入ってさえもらえれば、上手くいくかもしれません。そうなると、CTA(call to action)の工夫はとても大事そうです。なかでも、CTAで使われるコピーや言い回し、内容によっても、アクションが後押しされることはよく知られていますね。

 たとえば、時間、対象、行動を限定する方略として、それぞれ、「今だけ」・「○○の日」、「学生限定」・「限定○○個」、「たった3ステップのクリックで結論が得られる」などで、決断・行動することのメリットを明確にすることが挙げられます。これにより、現状維持よりも決断することで内受容感覚の信号が予測に近づくのでは、という考察です。



 配置や配色、厚み、演出など、CTAについつい反応してみたくなる物理的な工夫も、自動的な過程である能動的推論と相性がよいはずです。「資料請求」という名詞句よりも「資料を受け取る」のように動詞で書くことなども、類似の例として挙げられるでしょう。しかしウェブ広告などを見ていると、そもそもCTAが見当たらなかったり、工夫の余地が大いに残されているケースも多そうです。この点は、次回以降に改めて検討したいと思っています。

 とはいえ、文言をいじるような小手先の工夫で終わらせるのも気が引けますよね。定石としては、小さいステップで消費者をナビゲートしていく必要もあるでしょう。たとえば、CTAで促す内容を、ダイレクトな購買意思決定ではなく、心理・感情的障壁を下げる段階的過程へのガイドにしてみてはどうでしょうか。昨年の試験の後の状況を思い出すとか、他の学生や先輩の体験談へ導くとか。これによる内受容感覚信号の変化は、やはり能動的推論へ相応の効果を及ぼしうるでしょう。
 

次回以降の展望


 今回は、決断の先延ばし(あるいは、現状維持バイアス)という既知の現象を題材にして、前回まで進めてきた脳科学の理論的な話題を、マーケティングの実務に橋渡ししていくことを試みました。

 実務家の皆さんにとっては、すでに知っていること、やっていることだったり、あるいは、よりよい施策がどんどん出てくるかもしれません。今後そういった事例を見聞きして、自分自身も勉強していければと思っています。

 一方で、すでに実施していたとしても、そのアイデアがどう出てきたかよくわからない暗黙知のようなものになっているとしたら、後進の育成や上長への説明、一般化・横展開などに困ることもあるかもしれません。今回のような方向からの考察が、これらの問題への対策の一助になれればと期待しています。

 行動経済学などで知られている認知バイアスや、ヒューリスティックス、さらには行動経済学の枠の外でも消費者の心理や行動に関わる既知のモデルや現象はものすごくたくさんあります。今後この連載では、それらを少しずつ取り上げて、脳科学の理論から考察してみるという形式での記事を計画しています。今回の反響次第というところもありますが。


<脚注>

1.    マッテオ・モッテルリーニ(著) 、泉典子(訳) (2008) 経済は感情で動く : はじめての行動経済学. 紀伊國屋書店. pp41 – 43.
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