トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #08

現代に葛飾北斎が降り立ったら通用する? マーケターが長く活躍するための唯一の道【クー・マーケティング・カンパニー 代表 音部大輔氏】

 

「仕組み」と「働きかけ方」の違い


中村 「仕組み」と「働きかけ方」の違いについて、教えていただけますか。
 
Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員
中村 淳一 氏

慶応義塾大学経済学部卒。現在京都芸術大学大学院芸術修士(MFA)在籍中。2002年に消費財メーカー、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社、消費者市場戦略本部に所属。柔軟剤ブランド「レノア」の日本立ち上げのコアメンバーや、かみそりブランド「ジレット」、店舗営業チャネルシニアマネージャーを経たのち、13年からシンガポールにてグローバルメディア、アジア地域ビッグデータ担当のアソシエイトディレクターに着任。17年6月にフェイスブック ジャパン(Meta)入社。マーケティングサイエンスノースイーストアジア統括。他JMAインサイトハブコアメンバー等。

音部 仕組みは、自然の摂理と言い換えてもいいかもしれません。たとえば野球のホームランは、ボールがある角度や速度でバットのある箇所に当たったら、ここに飛んでいくと決まっています。この仕組みは、私が振ったバットであれ、大谷翔平選手が振ったバットであれ、同じです。一方で、バットのどこを持って、どのぐらいの力で振るかという働きかけ方は人によって全然違います。私が大谷選手の真似をしても、同じ結果にはならないわけです。

中村 働きかける人も違うからですね。

音部 そうです。つまり、「仕組み」は同じでも、「働きかけ方」は異なります。この点が大事です。マーケティングの成功事例も、どういう「仕組み」で成功したのかを読み解けなければ、単に「働きかけ方」である手法を真似るだけになり、成功はしにくいでしょう。

先ほどの葛飾北斎の例と同じです。もし葛飾北斎が、人間がどのような視覚情報で感動するかという仕組みを理解していたならば、木版画ではない他の表現方法でも同じように活躍できるでしょう。しかし、もし彼が木版画の技法だけに熟達していたとすれば、活躍できる場は限られてしまいます。

マーケティングはサイエンスなのか、それともアートなのかという議論をよく耳にしますが、仕組みはサイエンスで、働きかけ方はアートと言えるかもしれません。別の言い方をするなら、サイエンスは自然の摂理で、アートは人間の技です。
  

中村 いつの時代も仕組みである自然の摂理、つまりサイエンスの部分は変わらないということですね。だから、音部さんのご著書のタイトルは、「アート・オブ・マーケティング(『The Art of Marketingマーケティングの技法』)」なんですね。

音部 そうです、アートの部分だけが変わり、人が習得するのはアートの部分であるともいえると思います。普段、価値共創という言葉はあまり使いませんが、消費者が価値を認識した時点で「価値をつくる立場」になると思います。そのため、機能とベネフィットは分けて考える必要があるのです。基本的に、ファンクショナルベネフィット(機能的便益)は、機能的でしかないことが多いので表現としてわたしはあまり使いません。

中村 本来はベネフィットでは、ないということですね。

音部 そうです。繰り返しになりますが、消費者に認識されたものがベネフィットになると考えています。
  

中村 消費者の認識に関しては、音部さんが2021年に出版された『The Art of Marketingマーケティングの技法』(宣伝会議)にまとめられているパーセプションフロー・モデルが印象的です。私は2003年頃に「フライデーナイトセッション」で、初めて聞きました。フライデーナイトセッションは、当時のP&Gで毎週金曜日の夜に参加者を募って実施されていた音部さんの講義でした。

音部 はい、そこでマーケティングや戦略などさまざまな講義を行いましたね。ちなみに戦略について、私がP&Gの考えを勝手に教えていたのではありません。私の入社前に戦略の定義がなかったので、私の定義がP&Gで採用されたのです。

中村 そうですよね。当時は、現代のマーケティングでよく使われている「リソース(資源)」という発想もなかったですよね。

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