トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #09

「マーケティング=顧客中心主義」は間違い? サービス・ドミナントロジック視点から高広伯彦氏が「価値共創」を解き明かす(前編)

 

社会や産業などの環境も含めて考えることが重要


中村 改めて、今回の連載「トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング」で、足立光さん(ファミリーマート ファミリーマート エグゼクティブ・ディレクター CMO)や富永朋信さん(Preferred Networks / SVP 最高マーケティング責任者)にお話し伺っている中で、顧客中心主義でマーケティングに取り組んでいる人は、価値共創のレンズを活用していると考えました。

前提として、マーケティング活動の中で、顧客とつくり上げていくということを実践しているときに、価値共創と顧客中心主義の違いは何かを考えるようになったんですが、そこを高広さんはどのようにお考えでしょうか。

高広 「価値共創」と「顧客中心主義」は、厳密に言えば違うものだと考えられます。まず最初にその違いについて、私なりの捉え方も含めてお話をしましょう。

中村 はい。その辺りのこと通じて、サービス・ドミナントロジックの視点や、価値共創についてもお伺いできればと思います。

高広 私は京都大学で経営科学の博士号をいただき、学位論文においても、サービス・ドミナント・ロジックを用いました。マーケティングや広告・広報や、商品・事業開発なども含めて実務家の視点においても、マーケティングや経営学のアカデミックな世界においても、「社会」という概念との関わりは意外と薄く、「売り手」と「買い手」、「消費者・生活者」と「企業」、「企業」と「企業」といったような、二者関係で思考することが多いように思います。例えば、マーケティングの実務家においては、自社(や商品)と顧客、あるいはターゲット顧客とマーケターといったように二者関係で話されることが多いですよね。無意識にそうしてるし、普通のことすぎて認識しにくいかもしれませんが。まぁ企業の協力関係企業などが入ってくると三者以上が関わっていますが、基本的には二者の関係で捉えられることが多いですよね。こうした、二者関係を「ダイアド(dyad)」と呼びます。こうした関係性のあり方やその関係性を取り巻く環境を疑うところから、マーケティングを考えるとか、実際にはあまりないですよね。

中村 その考え方は、面白いですね。「企業」と「顧客」という1対1の関係をマーケティングの前提に置いているという話は、まさしくそうだなと思いました。でも、そこから社会にはどうつながっていくのですか。
 
Facebook Japan マーケティングサイエンス統括 執行役員
中村 淳一 氏

慶応義塾大学経済学部卒。現在京都芸術大学大学院芸術修士(MFA)在籍中。2002年に消費財メーカー、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)入社、消費者市場戦略本部に所属。柔軟剤ブランド「レノア」の日本立ち上げのコアメンバーや、かみそりブランド「ジレット」、店舗営業チャネルシニアマネージャーを経たのち、13年からシンガポールにてグローバルメディア、アジア地域ビッグデータ担当のアソシエイトディレクターに着任。17年6月にフェイスブック ジャパン(Meta)入社。マーケティングサイエンスノースイーストアジア統括。他JMAインサイトハブコアメンバー等。

高広 結局、実務においてもアカデミックな世界においても、ある対象と対象の間の力学というか関係性の変化というかそういうところは具体的でわかりやすいですよね。それらを取り巻く「社会」みたいな話になると、途端に抽象度があがって難しい。例えば、「売り手」や「買い手」というのは(企業と消費者・生活者のような)二者間だけでなく、それぞれが何かの社会の中に存在していて、おそらく社会的な影響も受けている存在である、みたいな話ってややこしいじゃないですか。でもきっとそうした「社会」と「企業」や「消費者・生活者」の関係に注目してみるのも大事だと思うわけです。私がよくとりあげるサービス・ドミナントロジックという概念でも、実はここに注目がなされた論文がでていたりします。

サービス・ドミナントロジックは、「“モノ”から“サービス”へ」といった話だとして勘違いされることが多いのですが、実際にはその名の通り「サービス」を中心とした視点を与えてくれる概念です。これについてはあとで話すことにしますが、まずはサービス・ドミナントロジックやサービスの研究の中で扱われる二者関係や三者関係の話をしましょうか。これは、単に「二者関係(dyad)」だけではなく、「三者関係(triad)」とそれを取り巻く「制度」などといった3つの枠組みで世界を見ようという考え方です。私が博士論文に取り入れたのもその部分で、三階層でコンテクストを捉える考え方です。

中村 三階層ですか。

高広 はい。「ミクロ・レベル・コンテキスト」、「メゾ・レベル・コンテキスト」、「マクロ・レベル・コンテキスト」という3つです。ちょっとややこしくなるので詳細は省きますが、なにかに影響を及ぼす人やモノなどのことを「アクター」と呼びます。この「アクター」同士の関係に注目するアクターネットワーク理論というのがあるのですが、サービス・ドミナント・ロジックもその影響を受けています。ある関係が2つのアクターで構成されていれば、その関係は二者関係(dyad)となります。この二者関係で共有され、取引やコミュニケーションを成り立たせているのが「ミクロ・レベル・コンテキスト」となります。例えば人間関係でも、住んでいる環境や仕事、育った背景が違う人同士では会話が成立しないってありますよね。あれってコンテクストを共有できないからなわけです。で、企業間や企業と生活者の取引・コミュニケーションが成立するのはそもそもなぜなの?って疑問に思いませんか? もしお互いに共有されたものの見方や言葉の定義がなされていなければ、コミュニケーションも取引も成り立たないはずですよね。

この二者間は共有しているコンテクストがあるからこそ、それらが成立していると考えられるわけです。これがもっとも小さな単位である「二者関係(dyad)」におけるコンテクスト=「ミクロ・レベル・コンテクスト」です。

次に、「二者関係(dyad)」の両端となる2つのアクター、例えば企業と企業、企業と生活者はそれぞれがある特定の業界・産業や商品カテゴリーといったコンテキストの中に存在する。その業界の中での他の取引先とのやりとりがある。こうした業界内での取引を成立させている背景には、それを成立させるコンテキストがあるということ。これが「メゾ・レベル・コンテキスト」ですね。互いの作ってる商品やそれに必要な部品や素材などについてもの会話もそうだし、話が通じる関係性を作っているもとになっていると考えられます。ここが二階層目のコンテキストである「メゾ・レベル・コンテキスト」

そのさらに外側にはより大きなコンテキストが存在する。たとえば文化や制度、コロナ禍のよう社会情勢、技術的なイノベーションなどが存在するします。このように、企業やその企業が所属する産業の外側にある、そしてその顧客もその中にいるような大きな世界を含めたコンテキストが、「マクロレベル・コンテキスト」になります。

もちろん、普段の実務者としての活動の中で毎回こういうことを考えてるわけではないですが、マーケティングでも、「企業」と「顧客」の関係だけではなく、それを取り巻く産業や業界などの周辺、さらにその外側にある社会や制度も含めて、階層化されたコンテキストとその中で(送られたメッセージが)どう解釈されるか、どう取引されるかといった物事を考えることがものすごく重要だとはおもってるわけなんです。

このように考えるようになったのには理由があります。私がGoogleにいた時代、社内のマーケティング担当者が検索利用の調査を企画したことがありました。調査対象者にGoogleの検索画面を見せて「何でもいいから検索してください」と言ったところ、「難しすぎてわからない」と言われたのです。ご存じの通り、Googleの検索画面はとてもシンプルですよね。で、キーワードを入れれば答えを返してくれる。なので、何が難しいのかまったくわからないでしょう? でも、そもそもキーワードを思い浮かべるという行為のことを考えれば、その「難しさ」がわかってきます。

ある人がインターネットで何かを検索するとき、その検索キーワードは何らかの意図をもって導き出されます。なにもないところから、いきなりキーワードが頭の中にふってくるわけではないわけです。

消費者・生活者が、検索エンジンの前であるキーワードを入力するとき、そのキーワードがどこから思いついたのかといえば、その人が所属する集団やソーシャルメディア、テレビなどからの刺激など、外部環境の影響が必ずあるはずです。同様に企業の担当者が検索エンジンを通じて、自らの課題解決策を探そうとする、その課題解決先に合う企業を探すといった行為も、同様にその検索をする行為に影響を与えたなんらかの刺激があるはずです。その刺激をあたえる情報源が何らかのコンテキストであり、その中に人々は生きている。そしてコンテキストというものも階層構造になっていて、小さなコンテキストから大きなコンテキストまであり、それぞれに影響を与えている、という見方で理解をすることが、一番妥当ではないかと思います。

そう考えると、たとえば検索連動型広告やインバウンドマーケティングなども、お客さんが情報探索を行う・・・・・その多くは検索エンジンを使うところから始まるわけですが・・・・・、お客さんが頭に「キーワード」を思うかべて、それを検索エンジンに入力する必要があるわけです。これってもう普通の情報行動になってしまっているせいで、ほとんどの人が「なぜそれが可能なのか?」について考えることはないと思いますが、先ほど話に出した検索利用の調査のことを考えると、相当難易度の高い情報行動を人々は行っている。それを成り立たせているのは、コンテキストであり、そして売り手と買い手の間で共有されるものでないと、検索連動型広告もインバウンドマーケティングも成立しないわけです。
  

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