トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #09

「マーケティング=顧客中心主義」は間違い? サービス・ドミナントロジック視点から高広伯彦氏が「価値共創」を解き明かす(前編)

 

本当の価値共創とは何か?


中村 サービス・ドミナントロジックについてもう少し理解を深めるために具体例を教えてください。
  

高広 そうですね。たとえば、携帯用の保温できる水筒って普及してますが、店頭に並んでいる状態で価値を発揮しているかというと、発揮していないと考えるのが「サービス・ドミナントロジック」的な考え方。実際には、それを購入した人がお湯を沸かしてコーヒーをつくり、水筒に入れて、どこかで使うときに初めて本来想定された価値が発生するわけです。

そのときにお客さん側は、お湯を沸かしたり、コーヒーをつくったり、それを使う場所などのシーンを生み出したり、といったスキルを使っていると考えることができます。一方で、ノウハウや生産能力を集めて、液体が冷めない商品をつくったり、店頭で販売したりすることは企業側のスキルになるんです。つまり、企業と顧客はお互いのスキル=「サービス」を交換している、と捉えられるんです。

そのノウハウやスキルと言った「サービス」を交換する際に、モノが介在する「サービス」と介在しない「サービス」がある、というのが「サービス・ドミナントロジック」の考え方なんですね。前者は先の水筒も含めた、いわゆる“モノ”=有形財が存在するもの。後者はホテルや美容院・理容院、医療など無形財に関するものとなります。

中村 では、サービス・ドミナントロジックの考え方では、「価値」が発揮されるのは、顧客がモノだったり、何らかの商品を使用するタイミングになるんですか。

高広 そうです。「サービス・ドミナントロジック」では、Value-in-Use 使用価値 と言う言い方をします。使われているときに「価値」が発生している、という意味合いですね。そしてもう一つが Value-in-Cotext 文脈価値。こちらは使用価値よりも広い概念ですが、あるコンテキストの中において価値が創出されるという考え方です。
 
これらの考え方に基づくと、例えばマーケティング業界でよく使われる「価値提供」という言葉にも疑問が生じるわけです。というのも、企業が作り出す商材そのものにすなわち「価値」が内在しているわけではなく、それを誰かが利用したり、何かの文脈の中に埋め込まれた時に「価値」が発生する。そうした考え方に立てば、「価値」は「提供」できない。できるのは「価値」の「提案」だけだということになります。

value proposition の proposition とは「提案」ですよね。例えば結婚を申し込む、すなわち「プロポーズ」したタイミングでは結婚はしてない。そこでは「提案」がなされているだけなわけです。余談になりますが、engagement という言葉についてもここから理解がしやすいと思います。プロポーズした後の「エンゲージメント・リング」というのは、結婚という行為に向かうことが「約束」された状態を指しますよね。つまり、マーケティングで使われる engagement という言葉も、顧客が購買などのブランドに対する何らかの行為を起こすことが約束されているような状態を表す言葉なのです。

さて、「価値提案」や「価値共創」に話を戻しましょう。さっきの保温できる水筒の例でいうと、「このボトルにお湯を入れると保温ができますよ」、「○○○という場面で使えますよ」というのが「価値」の「提案」。そしてお客さん側が、その水筒を利用すると、初めて「価値」が発生する。つまり、「価値」というのは、企業側とお客さん、先ほどの説明に基けば、二つのアクター間での相互行為の結果、「価値」が発生するのだと、サービスドミナントロジックの世界では考えます。つまり、「価値共創」、 value creation というのは、「お客さんの声を聞いて作りました」とか「お客さんと一緒に作りました」というものではないんですね。むしろ「価値」の「共創」というのは常に発生しているものであって、意図的に仕掛けるような、商品開発的なものではない。「お客さんの声を聞いて~」というタイプのものは、「協働」や「共同生産」といって correlation ではなく、coproduction と呼びます。この辺りは混同して使われることが非常に多いと思いますが、実は違うものです。「価値」の創出と実際の商材の創出という、レベルの違いとも言えますね。なので、coproduction は必ずしも、新しい価値を生み出すといったものでもありません。

中村 なるほど。「coproduction」と「cocreation」では、何を生み出すかの部分が違うということでしょうか。

高広 そうですね。「coproduction」は「商材」にフォーカスしている。一方で「cocreation」は、本来は複数のアクター、つまり売り手と買い手、あるいはそれを取り巻く他のアクターとの常に起きている相互行為で生み出される「価値」の創出の話になる。前者は具体性のある話で、後者は非常に抽象度の高い話。今は、cocreation は「新たな価値を顧客や共同生産者と生み出す」という意味に転じて使われてはいますが、サービス・ドミナントロジック的には、互いのスキルやノウハウなどの資産を活かしあって、価値を共に創出することが、cocreation となります。

そういえば最近マーケティング業界では、「顧客中心主義」という言葉をよく聞きます。「お客さんを中心に据えて、お客さんの声を聞いて商品やサービスをマーケティングしよう」といった考え方ですね。ただ、商品開発も含めて顧客のニーズに基づくマーケティング活動をしていたら、究極的には基本的にはどこの商品も同じように似通ってしまいます。ターゲットをセグメントしていって、差別化していっても、結局は競争に巻き込まれてしまう。これって、サービス・ドミナントロジックに対する、グッズ・ドミナントロジック、つまりモノ中心主義が影響していると思うわけです。自分たちが「価値“提供”」するモノに、お客さんに合わせた「価値」をどのように埋め込もうかって考えて、結果、お客さんのスキルやノウハウの考慮ではなく、お客さんの「声を聞く」ということに注力してしまう。

グッズ・ドミナントロジックの思考では、提供物には価値が内在していて、それはどの受容者、例えばどのお客さんであっても、一律共通の価値が提供されるのだ、という考え方となります。一方のサービス・ドミナントロジック的な思考は、お客さんごとのスキルやノウハウもあるよね、その人たちが生活しているコンテキストもあるよね、という考え方になります。と、同時に、一方で、企業が持っている技術やノウハウという資産も考慮するのが、サービス・ドミナントロジック的な思考ですから、誤解を恐れずに言ってみれば、「顧客中心主義」をある意味否定します。むしろ、顧客と企業などの関係や両者のノウハウやスキルなどの資産が統合されて、そこで「価値」が生み出されると考えるわけですから、顧客と企業、そのどちらかだけが「中心」になることはありません。あえていうなら、両者の「関係」やコンテキストこそが中心になると思います。一方的に商材のベネフィットを伝える(=価値“提供”的な思考)のではなく、お客さんも企業も、どちらも自律した存在として扱いつつ、「企業の資産やノウハウ」と「顧客の生活・ビジネス」をいかに結びつけるかという活動が、サービスドミナントロジック的なマーケティングの実践とも定義できるわけです。

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