トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #09

「マーケティング=顧客中心主義」は間違い? サービス・ドミナントロジック視点から高広伯彦氏が「価値共創」を解き明かす(前編)

 

「マーケター」と「顧客」という主客二元論を疑う


中村 これまでグッズドミナントロジックで取り組んできたマーケターは何を変える必要があると思いますか。
  

高広 企業側が持っているノウハウやスキルに基づく商材のベネフィットを一方的に提供したり、顧客の行動を「客観的」に観察したりするだけでなく、顧客がどういうノウハウやスキルを持っていて、それに対して、どういったスキルやノウハウをこちらは提供すればいいのか?を考えること。顧客も自律的な主体と考え、企業はその相手となるこれまた自律的な主体であり、両者のやりとり、すなわち一方的でないマーケティングをやっていこう、と考えることではないかな、と思います。

実際、実践の世界では思考や態度としてしか、サービス・ドミナントロジック的なものを活かすことはできないと思います。よく、「サービス・ドミナントロジックを、“具体的に”マーケティングの世界で使うためにはどうすればいいですか?」という質問を受けるのですが、抽象度の高い理論・概念をそのまま実践の世界に適用するのは非常に難しい。私自身、サービス・ドミナントロジックはそのまま実務に生かせるような考え方ではなく、マーケティングにおける、ある種の「哲学」だと思っています。

事実、サービス・ドミナントロジックというのは、「現象学」という哲学の影響を受けています。たとえば、中村さんと私の間にリンゴがあったとして、見ている向きが違うのに、なぜ同じリンゴだと認識できるのか不思議だと思いませんか。目の前にあったとしても、実際に見ているものは両者とも違うわけです。このことについて、フッサールという哲学者が「間主観」とか「相互主観」という考え方を提示して、「現象学」を提唱しました。短くいうと、客観的に対象物が存在しているかどうかではなく、お互いの主観がぶつかりあうところで互いの認識が共有される、といった考え方をする哲学というか、思考が「現象学」です。

この「現象学」の面白いところは、客観的に実体として何か対象物が存在するのだ、という考え方に留めない所にあって、ある対象物に対してそれをどう認識するかは、それを認識する主体が自分の生きている世界とどのように関係しているかによって変わる・・・と考えてるところにあります。

サービス・ドミナントロジックにおける、サービス service の交換、スキルやノウハウの統合、アクターにおけるコンテキスト、といったものも「現象学」の影響ですね。企業側の主観と顧客側の主観の両方がぶつかりあい、スキルやノウハウなどの資源が統合されたところに「価値」が共創的に生まれるというのは、いわば「リンゴ」と同じ話です。

中村 お互いの主観ということですね。

高広 そうです。そこで企業は一方的に顧客を理解をしようと考えるだけではなく、顧客の物事の考え方や顧客が持っているスキルを外部資源としていかに活用できるかという視点を持つべきです。その外部資源をいかに自分たちのビジネスに巻き込み、顧客に参加してもらえるかどうかが重要だと思うのです。

中村 その違いが肝心なんですね。

高広 そうです。さきほどマーケティングは「顧客中心主義」だけではないとお伝えした理由がここにあります。価値共創は、企業側と顧客側のスキルをぶつけて初めて価値を生み出すことになるからです。

中村 「顧客」と設定した時点で、そもそも企業の反対側にいる存在だと捉えているかもしれないですね。

高広 企業のマーケティング担当者は、自分がマーケターになった途端に周囲の人を顧客と捉えてしまうんです。「マネジメントの父」で有名な経営学者のピーター・ドラッカーも「マーケティングの神様」と呼ばれるフィリップ・コトラーも基本的には、主客二元論に基づいていると私は考えています。つまりはグッズ・ドミナントロジック的でもある。自分たちはマーケターで、その対象となるのは顧客であるという捉え方です。でも、サービス・ドミナントロジックの考え方では、マーケターも顧客も、またマーケターの属する企業における協働者も、みな同じ世界の中で生きている「価値共創者 cocreation」であるわけです。そのように考えれば、そもそも「マーケター」と「顧客」を分けること自体が正しくないのではないかと思うんですよ。

そこで私は、そもそも自分たちが取り組んでいるマーケティングの土台となる考え方、例えば、マーケターと顧客という「役割」を無意識に設定する時点で主客二元論に陥ってないか、結果としてお客さん側のノウハウやスキルを認識してない、自律した存在として考えることを失念してしまってないか、客観性にこだわりすぎてないか、というように自分自身の思考を疑うよう意識しています。

※後編「価値共創とは顧客との握手である。マーケターがサービス・ドミナントロジックを活かして価値共創を取り入れるには?【スケダチ 代表 高広伯彦氏】」に続く
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