トップマーケターたちに聞く価値共創時代のマーケティング #10

価値共創とは顧客との握手である。マーケターがサービス・ドミナントロジックを活かして価値共創を取り入れるには?【スケダチ 代表 高広伯彦氏】(後編)

 

価値提案と価値共創の違いは何か


中村 では、実際に社内にサービス・ドミナントロジックの考え方を浸透させたい場合、何から始めればいいのでしょうか。
  

高広 そもそも、サービス・ドミナントロジックはものごとの見方に対する「レンズ」のようなものなので、こういう視点もあるのではないかというように、思考や態度を常に変えることですね。例えばですが、何か「新しいこと」に取り組もうとばかり考えるのではなく、「今取り組んでいること」や「古いこと」に対しても、見方を変えてみようと常に努めるという話なんです。「古い」=役に立たない、(一般的な意味での)価値がないというわけでもないですからね。

中村 顧客の声やノウハウなどの資源は、使い切ることができるんでしょうか。

高広 使い切ることはできません。なぜなら常に発生しているし、更新され続けてるからです。もしそれが使い尽くせるとか枯渇するという考え方をするのであれば、それはやはり顧客のことを「消費者」として「生産はせずに消費=使い尽くす人」という認識になってしまいます。なので、顧客側が参加する仕組み、といってもコミュニティを作れということではなく、顧客側の資源を動員する隙間というか、埋め込む余地というか、そういうものを商品やサービスの設計に盛り込むことが大事だと思います。

中村 そこをもう少しお聞きしたくて、その参加する仕組みをマーケターはどのようにつくっていけばいいのでしょうか。

高広 サービス・ドミナントロジックはマーケティングの研究から生まれている概念ですが、その範疇を超えている考え方です。マーケティングというよりも事業そのものがサービス・ドミナントロジックであるかどうかが重要になります。

たとえば、保温できる水筒の話では、企業側が価値提案したものが顧客側のスキルとぶつかるところをイメージすると思いますが、顧客は価値共創に参加しているのであって、企業のマーケティング活動に参加しているわけではありません。そのため、企業側は価値を提案し続けるしかないんです。

中村 高広さんは、価値共創と価値提案はどのように分けられているんですか。

高広 少し難しいので、わかりやすい広告で例えます。たとえば、今の東芝、昔の芝浦電氣が出した日本初の電気洗濯機の昭和初期の広告です。この広告には、「主婦の読書時間は、どうしてつくるか」というコピーが書かれていました。

中村 どうしてというのは「How to」ということでしょうか。

高広 はい、「時間をどうやってつくるか」ということです。今まで主婦が手作業でしていた洗濯を洗濯機を使うことによって早く終わらせられるわけじゃないですか。これにおいてのベネフィットはなんだと思いますか。

中村 時短ですか。

高広 時短というとベネフイットですが、ベネフィットを伝えていないんです。

中村 そうですね、ベネフィットを明言せずに、時短によって読者時間というエンドベネフィットを連想させているということですね。

高広 だから、主婦の時間をどうしてつくるのかという「価値提案」をしているんです。「時短ができますよ」と言ったらそれは「ベネフィット」。この洗濯機の広告は、あくまでも「提案」をコピーにしている。この「提案」が受け入れられると、そこに「価値共創」が生まれる。そのことを具体化している広告だと思うんですよ。

中村 高広さんの中で「価値」は、どのように定義されているんでしょうか。

高広 少し難しいですが、やはりコンテキストに関わってきます。一般的な意味で「価値がある」と言うと、その「ひとりの人間やひとつの企業体などにとっての価値」だと思います。それは個人の心情や心理的なものであったり、あるいは経済学的な意味では企業が自社の生産活動に付加したもの、だったりするでしょう。ただ、サービス・ドミナントロジック的な視点に立てば、マーケティングやビジネスにおいては、基本的に顧客や取引先などが存在するので、ひとつの存在だけでは共有されるあるいは共創されるような「価値」は成立しえません。

そのように考えると、「価値」というのは、何らか「共有される何か」なんですよ。たとえば、「自分にとって価値がある」というのは、その人だけのように聞こえます。しかし、そこで言葉として使われた「価値」というのはきっとその人が生きている社会的なコンテキストの中で存在しているものなのであって、「価値」というのは社会的に生まれる・構成されるものであるなと考えます。そしてそれが、モノやサービスに意味を与えてるのではないかな。

中村 社会的というのはどういう意味でしょうか。個人を取り巻く社会という意味であっていますか。

高広 個人を取り巻くというよりは、「社会の中に個人がいる」という言い方のほうがいいと思います。その中で、価値も社会の中に存在するんです。

中村 個人はそれを享受するだけということになりますか。

高広 享受するというと、ベネフィットになってしまいますが、英語の「worth(~に値する、~の価値がある)」という言葉の意味に近いと思います。誰かにとっては価値がありますが、マーケティングの世界でいう価値と考えると、社会的なこととして考えるほうがいいかなと思います。
  

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