マーケティングは、どこまで人間を理解できるのか #23

「有名店のラーメンのために、2時間並ぶべきか」トカゲから人間まで存在する脳内の共通通貨

 

人間でも同じ


 この共通通貨の計算に主要な役割を持っているのが、中脳にあるドーパミンニューロンとその主要な投射先の線条体と呼ばれる脳部位です。少なくともトカゲと人間の共通祖先から存在すると考えると、進化的にそれなりに古いシステムと言えそうです。

 この脳内システムは、いわゆる「報酬系」の中枢として知られていて、その文脈で研究が進められてきました。この分野の研究では、「報酬の予測」と「価値」という用語がほぼ同義に使われることもよくあります。選択肢AとBの選択でそれぞれ得られそうな報酬のことを、AとBの価値というような感じです。

「大事な顧客をトカゲと一緒にするな」と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。人間だって羊膜類の一種です。共通の祖先から受け継いできた中脳―線条体のドーパミン・報酬系は、人間にも存在しているだけでなく、同様の使われ方をしている可能性が高いと考えられています。

 人間にとっての「報酬予測」は、トカゲにとってのエサや温度のようなダイレクトに生存に結びつくようなものだけでなく、それらと結び付いた金銭のような2次的なものや、他人から褒められるとか承認されるといった社会的な報酬などもあります。これらの異なる種類の報酬の情報が、先ほども出てきた線条体と呼ばれる部位で処理されているという報告(注釈4)もあり、人間における脳内の共通通貨を示す一例として挙げられます。

 人間にはトカゲにはない大脳新皮質があるとはいえ、そこで意識上で処理できる情報量には大きな制約があります。膨大な情報を精査しながら本当の意味での価値を導き出すのは、どう考えても無理があります。それを試みるよりは、進化的に受け継いできたシステムを使って、直感的に共通尺度に落とし込むほうが、必ずしも完ぺきではないにしても明らかに理にかなっているはずです。論理的な正しさは、求められないのです。


 

消費者の意思決定にも関連しそう


 この報酬系の活動が、実際に消費者の意思決定に関連しそうだという報告もあります。たとえば、消費者の購買行動を模した課題で脳活動を記録するという、発想としてはシンプルな研究があります(注釈5)。(シンプルとはいえ、実際の実験ではもちろん大掛かりな装置や複雑な解析が含まれますが。)

 少し紹介すると、実験の参加者は、脳活動を記録するためのスキャナの中で、購買意思決定を含む課題を遂行します。まず画面上に何らかの商品の写真が提示されます。たとえばゴディバのチョコレートなど、80種類の日用消費財の中からランダムに選ばれたものです。その4秒後にその写真の下に価格が表示され、さらに4秒経ったら、実際にそれを買うかどうかyes/noの選択をします。

 価格は 8 ドルから 80 ドルまで商品に応じて幅広いのですが、本当に買うかどうか真剣に考えてもらうために、実際の市場価格よりかなり割安で表示されるよう工夫されていました。

 脳活動のデータを見ると、課題に関連して、脳の中のさまざまな部位がさまざまなタイミングで活動変化を示します。中でも興味深いのは、ドーパミンニューロンの投射先である線条体の一部の活動です。商品を購入した場合と買わなかった場合で、活動に有意な差があっただけでなく、その差異は実際に購入の意思を示すタイミングではなく、それに先立って、むしろ価格が呈示されるよりも前の商品を見た時点から見られていたのです。

 購買意思を明示的に示す前の活動ですから、そのシグナルをうまく解析できたら、その後、その商品を購買するかどうかを予測することが出来そうです。実際にそのことは、さまざまな商品を対象に、複数の研究で確認されてきています。たとえば、ポップミュージックの売上(注釈6)や、広告の効果(注釈7)、さらにはクラウドファンディングの結果(注釈8)まで、幅広い対象で質問紙よりも正確に市場のパフォーマンスが予測されていました。

 これらの一連の研究に共通する重要な点のひとつに、実験室のスキャナの中で記録された数十人規模の脳活動データから、現実世界の市場パフォーマンスが予測できることが挙げられます。

 この分野の研究を主導する研究者の一人であるスタンフォード大学のナットソンン教授は、これをニューロフォーキャスティングと名付けています(注釈9)。名称はともあれ、中脳-線条体のドーパミン・報酬系が、選択肢の価値の計算に主要な役割を果たし、ひいては意思決定に寄与するという可能性は高そうです。

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